1974年のテレビ (日本)
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1974年のテレビ(1974ねんのテレビ)では、1974年(昭和49年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。
- オイルショックにより、深夜の放送自粛や、NHKの平日昼間の放送休止が実施。
前年(1973年)暮れの第4次中東戦争をきっかけとした第1次オイルショックの結果、石油価格が暴騰し国全体で「資源節約」が大きなテーマとなった。このため年初めの1月16日に、電気事業法に基づき電力使用制限令が出されたことを受け、NHKの全テレビ放送では平日昼間を放送休止とし(9月6日(金曜日)まで。但し、甲子園球場での高校野球開催期間中は、雨天順延の場合を除き休止を行わず中継をした。)、更にNHK及び民放共に放送時間終了を早め、深夜放送を自粛することとなった。又、このオイルショックの影響で、前年NHK渋谷放送センターへの本部拠点集約を完了したNHKは、超緊縮予算によるリストラ決行という事態を招く程の打撃となった。
テレビジョン放送開始以来の懸案事項となっていた、民放資本に関する東阪間の腸捻転状態解消に向け、この年は遂に準キー局となる大阪にて、朝日放送と毎日放送が各々系列キー局を翌1975年の3月31日から交換、朝日放送 = NET(ANN系)、毎日放送 = TBS(JNN系)にすることを11月19日に、東阪の4社間で基本合意した。
- 日本教育テレビ(NETテレビ、後のテレビ朝日)をキーステーションとするANNが正式発足(4月1日)
- 番組
- TBS系『8時だョ!全員集合』で、ザ・ドリフターズのメンバー荒井注が脱退、入れ替わりに志村けんが加入(後述)。
- 3月31日、日本テレビとTBSが読売・朝日・毎日3社ニュースの放送を取りやめ、翌4月1日から日本テレビは『読売新聞ニュース』、TBSは『毎日新聞ニュース』に一本化。
- TBS系、作曲家の小林亜星主演による連続ドラマ『寺内貫太郎一家』第1シリーズ放送。この年の第7回テレビ大賞を受賞。
- 国際プロレスの中継番組が、3月30日のTBS系『TWWAプロレス中継』の終了を経て東京12チャンネルへ移動、6~7月の不定期放送を経て9月23日に『国際プロレスアワー』としてレギュラー放送が再開。
- NHK教育、幼稚園・保育園向けの工作・教育番組『できるかな』、2代目のキャラクター「ゴン太くん」が登場。ノッポさん(高見映(後の高見のっぽ))とゴン太くん、そして女性が裏で語りかける番組スタイルが定着、教育テレビの看板番組の1つとなる。
- NET系の学校放送番組が、一部を除き3月23日を以って終了。これに伴い、一部の学校放送番組のみで残っていたモノクロ番組が全て消滅し、NETの全番組のカラー化が完了(過去の再放送や、故意の場合等を除く)。
- その他、局の看板となる、以下の番組が放送開始又は終了。
番組関係の出来事
1月
- 1~3日 - NHK総合、年始特集として正月3ヶ日、長時間討論特番『新春討論「欠乏の時代を考える」』を放送。1日は「日本人の得たもの失ったもの」[1]、2日は「いま、政治に求めるもの」[2]、3日は「国際社会に生きる道」[3]と題して、各日1時間半に渡って討論を繰り広げた。[4]
- 2日 - テレビ神奈川(TVKテレビ)、7時間の電話リクエスト番組『フォーク&ロック』を放送。[4]
- 3日 - TBS系、1971年と1972年に「年1回・不定期」で放送されていた芸能人対抗運動会番組を、この年から正月番組に変更、タイトルも『新春オールスター大運動会』となる。
- 4日 - NHK総合、フィルム構成番組『秋田竿灯小若連 ―祭りの町のこどもたち―』を放送[5]。後に第8回ダブリン国際民族文化テレビ番組コンクールにて銀の竪琴賞を受賞。[4]
- 5日 - 東京12チャンネル、第二次世界大戦の最前線で撮影した、アメリカ軍記録班(モーパック)が撮影したカラーフィルム映像で構成したドキュメンタリー番組『カラー秘録 太平洋戦史』が放送開始( - 6月29日)。[4]
- 6日
- 8日 - フジテレビ系で正月特番『オールスターびっくり新年会』をこの年から開始。幹事(司会)はコント55号。1978年まで続いて一旦中断し、1981年から幹事の一人が萩本欽一から藤村俊二に交代(坂上二郎は継続)、1986年まで続く。なお中断前までは『火曜ワイドスペシャル』での放送だったが、再開後は放送枠が不定となり、更に提供がライオングループ単独提供となった。
- 11日 - NHK総合、オイルショックの影響による特別番組『石油電力第2次消費規制』を放送。[4][6]
- 16日
- 23日 - NHK総合、『海外取材番組』で「新しい模索 ―インドシナ半島―」が放送開始( - 2月20日、全5回)。[4]
- 28日 - NHK総合、『ニュース特集』で、「「アラブの石油政策」―アブデッサラムOAPEC議長,ヤマニ石油相にきく―」を放送。[4][10]
- 31日 - NHK総合、「外務省公電漏えい事件(西山事件)」の東京地方裁判所の午前10時からの判決を字幕にて速報[11]、10時30分から2分間臨時にニュース速報を放送[12]、同日の『ニュース特集』でもこの話題を取り上げて放送した[13]。[4]
2月
- 11日 - NHK総合、建国記念の日特集ドキュメンタリー『白鳳再現』を放送。[4][14]
- 16日 - 毎日放送・NET(後のテレビ朝日)系で仮面ライダーシリーズ第3弾『仮面ライダーX』が放送開始( - 10月12日)。
- 17・24・3月3日 - NET系、『日曜洋画劇場』にて、レフ・トルストイ原作による1967年のソ連映画『戦争と平和』を3週に渡り放送。[4]
- 19日 - フジテレビ系『火曜ワイドスペシャル』で、苗場スキー場を舞台に、ゲーム・コント・歌で構成したバラエティ番組『オールスター雪の祭典』をこの日から開始( - 1986年2月4日)
- 25~27日 - NHK総合、『国会中継』で、3日間に渡り物価問題集中審議を放送。[4]
- 27日 - NHK総合、『海外取材番組』で「アジアの自然」が放送開始( - 3月20日、全4回)。[4]
3月
- 2日 - NHK総合、フィルム構成による特別番組『人間に光あれ 「ある未解放部落からの報告」』を放送。[4][15]
- 4日 - NET(後のテレビ朝日)系昼のワイドショー『アフタヌーンショー』の司会が、この日より馬場雅夫(当時NETアナウンサー)から川崎敬三(俳優)に交代。川崎は1985年10月18日の最終回[注 1] まで担当[注 2]。
- 7日 - 日本テレビ系『木曜スペシャル』 において『驚異の超能力! 世紀の念力男ユリ・ゲラーが奇蹟を起こす!』を放送。同番組では4月4日にもユリ・ゲラーの特集が放送され、超能力ブームのきっかけとなった[16][17]。
- 9日 - TBS系『8時だョ!全員集合』のエンディングにおいて、ザ・ドリフターズのリーダーいかりや長介が、同グループのメンバー荒井注の脱退ならびに志村けんが正式加入する旨を発表[注 3]。荒井は30日放送を最後に降板し、翌4月6日放送より志村が加入。
- 18日 - NET系単発特別番組枠『ビッグスペシャル』で、一般の子供が紅白に分かれて歌まねを披露する『ちびっこものまね紅白歌合戦』を初放送、12月30日には特別番組として独立放送、以後1984年まで続く。
- 20日 - NHK総合、1973年にノーベル物理学賞を受賞した江崎玲於奈博士を迎え、特別番組『江崎玲於奈博士と語る』を放送。[4][18]
- 22日 - NHK総合、NHKの放送開始50年を記念し、世界の文化遺産・史跡を取材して人類の過去・現在から未来を探ろうとするドキュメンタリー番組『未来への遺産』が放送開始( - 1975年10月30日、全15回)。[4][16][19][20]
- 23日 - NET(後のテレビ朝日)、MBSと瀬戸内海放送(香川)で放送してきた学校放送番組が終了。小学校4年生社会科の『みんなの東京』(NET、カラー)、『四年生の社会科→(1974年4月から)わたしたちの近畿』(MBS、カラー)を残し、1959年の開局以来15年にわたって続けてきた学校向け教育番組からは撤退する。これにより、一部の学校放送番組のみで残っていたモノクロ番組が全て消滅し、NETの全番組のカラー化が完了(過去の再放送や、故意の場合等を除く)。尚、民間放送教育協会制作の2番組(『親の目・子の目』ほか)は継続、2025年10月現在も1番組(『日本のチカラ』)が放送中。
- 30日
- 31日
4月
- 1日
- NHK、新年度の番組編成開始。テレビ放送時間の臨時短縮措置を緩和(総合テレビ:23時15分終了、教育テレビ、23時30分終了)、語学講座の夜間の再放送復活など一部を変更。[4]
- 日本テレビとTBS、新聞と放送局の資本統一の一環として開局以来放送してきた読売・朝日・毎日の新聞3社による3社ニュースの放送を取りやめ、日本テレビは『読売新聞ニュース』、TBSは『毎日新聞ニュース』に一本化する[22][23]。
- 日本テレビ系で平日朝8時台に子供番組『カリキュラマシーン』(宍戸錠、常田富士男、岡崎友紀ほか出演)[24]、昼13時台にトーク番組『おしゃれ』(資生堂一社提供。初代司会者は三橋達也)と、2本の帯番組が開始する。
- フジテレビ系の歌謡番組『夜のヒットスタジオ』は前年秋から続いたゲスト輪番制司会を廃止。その間、番組から一旦外れていた芳村真理がこの日の放送より司会に復帰。さらにコメディアンの三波伸介と女優・歌手の朝丘雪路が2代目の芳村のパートナー役として司会に加わる[注 4]。
- 2日 - フジテレビ系『火曜ワイドスペシャル』で『第8回芸能人オールスター夢の球宴』を放送(総合司会:石坂浩二、野間脩平(当時局アナ)、アシスタント:松島トモ子、始球式:浅田美代子)。この後10月29日には同枠で『第9回』(始球式:風吹ジュン)が放送されるが、この年をもって春秋開催は廃止される。
- 3日 - 日本テレビ系の『水曜ロードショー』の放送時間が、21:30 - 22:55から2025年現在の『金曜ロードショー』と同じ21:00 - 22:55と30分拡大した。
- 4日
- 6日 - NET系土曜8時枠が2年9か月ぶりに1時間枠に復帰、この週よりドラマ枠とし、その第1弾として『めしはまだか!』を放送開始( - 9月28日)。
- 7日
- NHK総合の日曜18時台で、若者向け歌謡番組『レッツゴーヤング』が放送開始。1986年4月6日まで12年続いた。[4]
- TBS系で、服部時計店(SEIKO、後のセイコーホールディングス)一社提供の音楽番組『サウンド・イン"S"』が放送開始( - 1981年3月)[注 5]。
- 毎日放送制作・NET系で、東洋リノリューム(後の東リ)一社提供によるクイズ番組『東リクイズ・イエス・ノー』が放送開始。司会は俳優の児玉清( - 1975年3月30日)[注 6]。
- 9日 - NHK教育、幼稚園・保育園向けの工作・教育番組『できるかな』が、この日の年度初の放送「らくがきしよう」[25]から、2代目キャラクター「ゴン太くん」が登場[26]。ノッポさん(高見映(後の高見のっぽ))とゴン太くん、そして女性が裏で語りかける番組スタイルが定着、教育テレビの看板番組の1つとなる。
- 12日 - TBS系金曜19時台前半枠で、円谷プロダクション製作のウルトラシリーズ第7弾『ウルトラマンレオ』が放送開始( - 1975年3月28日、全51話)。以後、ウルトラシリーズは1979年開始の『ザ☆ウルトラマン』(アニメ)まで4年間のブランクを要することになる[注 7]。
- 13日 - 日本テレビ系で、フィンガー5をレギュラーにした公開バラエティ番組『時間だヨ!アイドル登場』を開始、当初は土曜13:30だったが、半年後に土曜夕方(17:30。一時期日曜12:15の時もあり)に移動、フィンガー5渡米後はずうとるびが引継ぎ、1979年3月31日まで5年続いた。
- 30日 - フジテレビ系『火曜ワイドスペシャル』で『オールスター春のバレーボール大会』を放送、また10月15日には同枠で『第4回芸能人選抜! 秋の紅白バレーボール大会』を放送、この秋大会より冒頭のエキシビションとして、かつて名を轟かせた女子バレーチーム「元:東洋の魔女」と男子芸能人選抜チームのバレーボール勝負が行われる。なおこの大会も『大運動会』同様、1978年まで春秋開催は中断。
5月
- 1日 - NHK総合、『歴史ドキュメント「上野」』を放送[27]。第1回メーデー・関東大震災・戦災の3つの記録フィルムと現場中継で構成。[4]
- 3日 - NHK総合、『長時間討論「日本の教育はどうあるべきか」』を放送。番組には文部政務次官・政党代表・日教組委員長 ほかが出演。[4][28]
- 6日 - テレビ神奈川、ワイドショー番組『暮らしのワイド・リビングポート』で、手話通訳を取り入れた特別番組「ふれあいを求めて」を放送。[4]
- 9日 - 伊豆半島沖地震が発生。NHK総合、民放各社で速報を始めとするニュースや関連の特別番組を放送。[4]
6月
- 3日、東京12チャンネルが「月曜スポーツスペシャル」枠で、3月にTBSでの放送が打ち切られた国際プロレスの後楽園ホール大会を生中継。これが3ヶ月後のレギュラー放送再開につながる。
- 18・28日 - 近畿放送(放送当時、後に京都放送に局名を変更)、『あなたの時間です』で、日本のテレビとして初の中国西安市の取材記録を2回に分けて放送。[4]
7月
- 4日 - フジテレビ系でコンテスト音楽祭番組『FNS歌謡祭』がこの日より開催。初代司会は小川宏と吉永小百合。この年と翌1975年は上下期制で、1976年より年1回に変更、1990年をもってコンテスト形式を廃止し、翌1991年よりステージショー形式に変更、2025年現在も継続中[注 8]。
- 21日(日曜日) - 日本テレビ系で前日20日に放送予定だった『オールスターゲーム・第1戦』(後楽園球場、日本テレビ制作)が雨天中止に伴いこの日の18:30 - 20:55に変更、これに伴い、TBS系でこの日放送予定だった『同・第2戦』(阪急西宮球場。朝日放送制作)は、翌22日(月曜日)の19:00 - 20:55に変更した。この結果、21日は18:30の『NOWヒットパレード』を始め、『全日本歌謡選手権』(よみうりテレビ制作)・『侍ジャイアンツ』(同)・『われら青春!』の計4本、22日は『YKKアワー キックボクシング中継』・『ブラザー劇場 若い!先生』・『水戸黄門・第5部』の計3本がそれぞれ休止、日本テレビ日曜18:30枠番組と『水戸黄門』はいずれも初の休止となった。なお朝日放送は、翌1975年3月31日からの腸捻転解消でNET系列に変更されるため、これがTBS系列での最後のオールスター中継となった。
8月
- 5日 - フジテレビ系、『夜のヒットスタジオ』が放送300回を記念して、大磯ロングビーチから特別公開生放送。
- 11日 - TBS系、『日曜ワイドスペシャル』で、単発ドラマ『真夜中のあいさつ』を放送(作:山田太一、制作:大山勝美、演出:大山勝美・片島謙二、出演:あべ静江・せんだみつお・杉浦直樹・岩崎加根子 ほか)。同年11月6日には、1974年(第29回)芸術祭参加に伴い再放送、この年の芸術祭大賞(テレビ部門)を受賞。[4][29]
9月
- 23日 - 東京12チャンネル(後のテレビ東京)、国際プロレス中継番組である『国際プロレスアワー』が放送開始。前述のTBSでの撤退から半年ぶりに国際プロレス中継が復活した( - 1981年3月28日)[注 9]。
- 27日 - 北海道放送、放送番組センターの協賛で、北方圏の自然と生活を取材したドキュメンタリー『北方圏シリーズ』放送開始(全8回)。[4]
10月
- 1日 - 中部日本放送(後のCBCテレビ)で中京ローカル初のローカルワイドニュース番組『CBCニュースワイド』放送開始( - 1999年3月27日)[24][30]。
- 2日 - TBS系で大映テレビ制作・坂上二郎主演による刑事ドラマ『夜明けの刑事』が放送開始。以後『新・夜明けの刑事』→『明日の刑事』とタイトルを変えながら1979年10月まで続いた「日の出署シリーズ」が始まる。
- 4日
- 5日
- 朝日放送・TBS系土曜19時台前半枠で、園山俊二原作の原始時代を舞台としたギャグアニメ『はじめ人間ギャートルズ』が放送開始[注 11]( - 1976年3月27日)。
- フジテレビ系でこの日より、19時30分台の帯番組『クイズグランプリ』と『スター千一夜』の土曜放送を廃止し、20時枠と統合した90分バラエティ番組『オールスター90分』放送開始( - 1975年3月29日)。以後『欽ちゃんのドンとやってみよう!』[注 12] といったヒット番組を生み出す。1980年9月終了の単発学園ドラマ『土曜ナナハン学園危機一髪』まで90分番組が継続した。
- 朝日放送・TBS系土曜19時台前半枠で、園山俊二原作の原始時代を舞台としたギャグアニメ『はじめ人間ギャートルズ』が放送開始[注 11]( - 1976年3月27日)。
- 6日
- フジテレビ系日曜18時台前半枠で、川崎のぼる原作・タツノコプロ製作のホームギャグアニメ『てんとう虫の歌』が放送開始( - 1976年9月26日、全104話)。
- よみうりテレビ・日本テレビ系でテレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト』第1シリーズ放送開始(全26回、- 1975年3月)。当時は26話で打ち切りとなったが、その後再放送や映画化などで人気となり、テレビアニメも第3シリーズまで制作された。
- 19日 - 毎日放送・NET系で仮面ライダーシリーズ第4弾『仮面ライダーアマゾン』放送開始。仮面ライダーシリーズでは腸捻転時代では最後の作品となる( - 1975年3月29日)。
11月
- 11~13日 - NHK総合、海外緊急取材番組『経済危機への挑戦』を3日間に渡って放送。[4]
- 10日 - TBS系、『東芝日曜劇場』にて、中部日本放送(後のCBCテレビ)制作による1974年(第29回)芸術祭参加ドラマ『灯の橋』を放送(脚本:水木洋子、出演:栗原小巻・中島久之・江守徹 ほか)。この年の芸術祭大賞(テレビ部門)を受賞。[4][29]
12月
- 30日 - NHK総合、年末特別番組の1つで、宝塚歌劇団・月組による『劇場中継 宝塚グランド・ロマン「ベルサイユのばら」』をNHKで初放送[31]。同歌劇団の経営危機脱出の目玉演目の1つとしてこの年の8月29日に初演、その後満員札止めが続き、翌年以降他の組に於いても上演となり、遂には「ベルばらブーム」を起こし社会現象にまで膨らみ、最終的には同歌劇団の人気定番となった(「ベルサイユのばら (宝塚歌劇)」の項目を参照)。この初回放送後もNHKでは総合テレビを中心に同歌劇団の同歌劇の別公演による中継を数多く行っている。
- 31日
- TBS系で『第16回日本レコード大賞』放送(19:00〜20:55)。大賞は森進一の「襟裳岬」。
- NHK総合、『第25回NHK紅白歌合戦』放送(21:00〜23:45)。ザ・ピーナッツ最後の紅白出演となった。
- NET系では『レコ大』の対抗番組として、美空ひばりのワンマンショー『さよなら'74 にっぽんの歌大全集 美空ひばりオンステージ』を新宿コマ劇場から生中継した[32]。
- 日本テレビ系で上記の『第25回紅白』の対抗番組として、バラエティ番組『コント55号の紅白歌合戦をぶっ飛ばせ!なんてことするの!?』を放送、1977年まで計3回続く。
- 31日 - 1975年1月1日未明 - 民放各社恒例による服部時計店(後のセイコーホールディングス)一社提供の年越し特番『ゆく年くる年』を放送。この年は東京12チャンネル(後のテレビ東京)が初めて製作を担当[33][注 13]。
その他テレビに関する話題
- 1月
- 10日 - NHK教育テレビ、放送開始から15周年を迎えた。
- 16日 - 電気事業法に基づき電力使用制限令が出されたことから、NHKは総合・教育に加えて、当時東阪で行っていたUHF実験局で、平日昼間と全日深夜(23時から翌6時まで)の放送休止に踏み切り、テレビ放送時間の臨時短縮を実施(第1次臨時編成措置)[4][34]。民放各社もこれに準じて前後の時期に深夜の終了時間を早めた[35]。
- 4月
- 前年のオイルショックの影響で、プロ野球のナイター開始時刻が19:00から18:30へ早まった事から、この月より始まるプロ野球ナイター中継の放送枠が、それまでの20:00 - 21:26(→21:25)から19:30 - 20:55と30分繰り上がる[36][注 14]。
- 1日
- 9月
- 10月
- 唯一夜のスポットタイムが4分だった東京12チャンネル(後のテレビ東京)が、この月より5分に拡大、全在京広域局の夜のスポットタイムが5分となる。
- 11月
- 12日 - NHKテレビで放送休止中に午前0時49分に「新宿で高層ビルが倒れた」・「津波警報が出た」という非常時の想定のニュースを誤って流す。原因は東京タワーの放送機器の誤動作[40]。
- 19日 - 大阪の朝日放送(ABC)(当時、後の朝日放送テレビ)が朝日新聞社の方針により東京キー局をTBSからNETに、毎日放送(MBS)もキー局をNETからTBSにそれぞれ1975年3月31日付でネットチェンジすることを4社間で基本合意した。
- 12月
開局
- 4月1日 - テレビ和歌山
周年
番組
- 放送開始20周年
- 放送開始15周年
- おかあさんといっしょ(NHK)
- スター千一夜(フジテレビ)
- 放送開始10周年
- 新春スターかくし芸大会(フジテレビ)
- モーニングショー(NETテレビ)
- ミュージックフェア(フジテレビ)
- 放送開始5周年
- クイズタイムショック(NETテレビ)
- 唄子・啓助のおもろい夫婦(フジテレビ)
- 8時だョ!全員集合(TBS)
- サザエさん(フジテレビ)
- NTV紅白歌のベストテン(日本テレビ)
- 水戸黄門(TBS)
- 月曜ロードショー(TBS)
- ヤングおー!おー!(毎日放送)
放送局・放送開始
- 1月1日
- 放送開始15周年 - 長崎放送テレビジョン
- 1月10日
- 放送開始15周年 - NHK東京教育テレビジョン (JOAB-TV)
- 2月1日
- 開局15周年 - 日本教育テレビ
- 3月1日
- 3月3日
- 開局15周年 - 日本海テレビジョン放送
- 4月1日
- 4月12日
- 開局10周年 - 東京12チャンネル
- 5月1日
- 開局5周年 - サンテレビジョン
- 9月1日
- 放送開始15周年 - 岩手放送テレビジョン
- 10月1日
- 放送開始15周年 - 青森放送テレビジョン、山口放送テレビジョン、大分放送テレビジョン
- 開局5周年 - 秋田テレビ、福井テレビジョン放送
- 11月1日
- 開局15周年 - 沖縄テレビ放送
- 12月1日
- 開局5周年 - 青森テレビ、テレビ岩手、三重テレビ放送
- 12月10日
- 開局5周年 - テレビ愛媛
- 12月15日
- 放送開始15周年 - 山陰放送テレビジョン
- 12月20日
- 放送開始15周年 - 山梨放送テレビジョン
記念回
- 夜のヒットスタジオ(フジテレビ)300回 - 8月5日
- クイズタイムショック(NETテレビ)300回
- 太陽にほえろ!(日本テレビ)100回
視聴率
(関東地区、ビデオリサーチ調べ)
ニュース・報道
- ニュース(NHK総合、12月31日 20:55-21:00)- 46.6%
- ニュース(NHK総合、9月2日 7:00-7:20)- 46.1%
- 小野田さん帰国(NHK総合、3月12日 16:15-17:21)- 45.4%
- ゆく年くる年(NHK総合、12月31日)- 45.4%
- ニュース(NHK総合、7月8日 8:30-8:35)- 44.3%
- 首都圏交通スト情報(NHK総合、11月19日 8:01-8:11)- 44.0%
- カメラリポート(NHK総合、3月11日)- 43.5%
- 首都圏交通スト情報(NHK総合、4月10日 7:15-7:35)- 42.3%
- 日航機ハイジャック事件関連(NHK総合、3月12日 17:21-17:28)- 42.0%
スポーツ
- 火曜ワイドスペシャル 世界J・ミドル級タイトルマッチ「輪島功一×ミゲル・デ・オリベイラ」(フジテレビ、2月5日)- 47.5%
- ダイヤモンドグローブ プロボクシング世界J・ミドル級タイトルマッチ「輪島功一×ショットガン・アルバラード」(フジテレビ、6月4日)- 43.4%
バラエティ・歌番組
- 第25回NHK紅白歌合戦(NHK総合、12月31日)- 74.8%
- '74新春スターかくし芸大会(フジテレビ、1月1日)- 46.9%
- 1974年度輝く!日本レコード大賞(TBS、12月31日)- 45.7%
- '74輝け!日本歌謡大賞(NETテレビ、11月26日)- 45.3%
- 8時だョ!全員集合(TBS、1月12日)- 44.7%