多聞部
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語源
起源
真諦三蔵によれば、多聞部の開祖はヤージュニャヴァルキヤ(祠皮衣、Yājñavalkya)[注 1]という名前の阿羅漢であったという[注 2][3]。真諦の説明では、ヤージュニャヴァルキヤはブッダと同時代に生きブッダの説法を聞いたが、ブッダが涅槃に入る前に三昧に入り、ブッダの入滅を知らなかったという[注 3][3]。ヤージュニャヴァルキヤはこの三昧の状態から200年後に戻ってきて、大衆部が経典の表面的な意味しか教えていないことに気づき、それゆえに経典の意味を全て説明するために多聞部を創始したという[3]。
大衆部の中でこの阿羅漢は表面的な意味と深い意味とを完全に説明した。深い意味の中には、大乗仏教で説かれているような意味が含まれる。これを信じない者もいた。これを信じる者はこの教えを自分も教え後代に伝えた。大衆部の中にはこの教えを広める者もおり、広めない者もいた。前者は「多聞部」(Bahuśrutīya)と呼ばれる分派を形成した。[...]この部派から『成実論』が生まれた。こういうわけで『成実論』には大乗仏教の思想が混ざりこんでいるのである。