小川光明

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生年月日 (1940-03-26) 1940年3月26日(85歳)
血液型 AB型
おがわ みつあき
小川 光明
プロフィール
出生地 中華民国の旗 中華民国 上海市
出身地 日本の旗 日本 東京都港区[1]
生年月日 (1940-03-26) 1940年3月26日(85歳)
血液型 AB型
最終学歴 中央大学法学部
職歴 日本テレビ放送網アナウンサー(1962年4月 - 2004年3月)
活動期間 1962年4月 -
ジャンル スポーツ
出演番組・活動
出演中ボウリング革命 P★League
出演経歴1球の緊張感 THE LIVE
新春スポーツスペシャル箱根駅伝
ほか、各種スポーツ中継
その他 ゲームソフト『龍が如く5 夢、叶えし者』声の出演
読売ジャイアンツ主催試合特等席「レジェンズシート」実況アナウンサー(2012年 - )
備考
2000年の定年後は2004年3月まで日本テレビの契約社員だった。

小川 光明(おがわ みつあき、1940年3月26日[注 1] - )は、日本アナウンサー日本テレビ放送網(日テレ、NTV)に在職ののち、フリー[注 2]。血液型はAB型[4]

中華民国上海市生まれ、兄、姉、弟2人の5人きょうだいの3番目で、父が上海で商店を経営しており、当時の生活は豊かだったが、終戦し状況が一変、翌年の春、家族で母の故郷・佐賀県江北村(現在の江北町)に引き揚げ、親戚の家に身を寄せる。引き揚げ後は耐乏生活だったが、小学5年の時に父が病気のため65歳で急死し、父の知り合いを頼り、家族で東京に東京へ転居[9][10]東京都出身[注 3])。同級生と野球に熱中し、甲子園を目指して高校野球の強豪・日大三高に行きたかったが、学費の負担を考え、東京都立赤坂高等学校へ進学。高校卒業後就職も考えたが、母の勧めもあり中央大学法学部へ進学[10][注 4]1962年卒業。「好きな野球の試合を見られる」とアナウンサーを志し、同年4月、アナウンサーとして日本テレビに入社 [9][注 5]東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)中継[6][8]ゴルフ中継[6][8]プロ野球中継[6][8]などを担当。その間、チーフアナウンサーも務めた[注 6]。担当した試合では巨人が負けない「不敗神話」を生み、ベーブ・ルースの通算本塁打記録を抜く王貞治(現福岡ソフトバンクホークス球団会長)の715号本塁打や、2000年9月24日の巨人リーグ優勝決定試合など、球史に残る名場面を担当[9]

2000年に定年退職した後も、契約社員(エグゼクティブアナウンサー)として同局に留任する[注 7]2004年3月に退社し[6]5月2日読売ジャイアンツ(巨人)対広島東洋カープ戦(東京ドーム)を最後に、同局プロ野球中継の実況から卒業した[注 8]

日本テレビの実況中継卒業後は、フリーのスポーツアナウンサー・コメンテーターとして活動。長年巨人の宮崎キャンプを取材した縁で2003年宮崎県宮崎市に移住。[14][注 9]

プロ野球・福岡ソフトバンクホークスの主砲・松中信彦とは、松中が社会人時代に出場したアトランタオリンピックの取材で知り合い、現在も交友関係が続いている。特に松中が2004年に三冠王を獲得した際には、スポーツ報知に手記を寄せている。

2006年4月からは日テレ系列のBS日テレの「ボウリング革命 P★League」の実況を務める。日テレ局アナ時代を彷彿とさせる冷静沈着な実況で戦況を伝えており現在[いつ?]、全大会の決勝戦を担当している。2008年には「スカイ・Aスタジアム・LIVE RAKUTEN わしづかみ」(東北楽天ゴールデンイーグルス主催試合)の実況を担当した。

2012年より東京ドームでの巨人主催試合で特別に設けられた「レジェンズシート」での実況アナウンサーを担当している[注 10]

出演番組

現在の担当番組

過去の担当番組

※特記ない限り、日本テレビ在職当時、同局で放送された番組。

テレビドラマ

ゲームソフト

エピソード

プロ野球中継

1997年から1999年までに小川が実況を担当した巨人戦では、「小川アナが実況すると巨人は負けない」とまで言われた(いわゆる不敗神話。事実、翌年までの実況を担当した日の巨人の成績は16戦15勝1敗だった)[注 22]

主な担当試合

  • 2001年8月9日、巨人VS阪神戦の中継をしていたときのこと、野球中継延長のためこの後の番組『どっちの料理ショー』の放送開始時間が午後9時30分になることを伝えていた時に巨人が点を入れ5-2になったので本当なら「なお、『どっちの料理ショー』は9時30分からお送りします。」と言うべきところを「なお、『どっちの料理ショー』は5-2です」と発言。すると、その後に放送された『どっちの料理ショー』の結果(当時の対戦カードは夏野菜のリゾットvs海鮮中華粥で勝ったのは海鮮中華粥だった)が本当に5-2になった。この事は小川にはまったく知らされていない。このエピソードはこの年の12月27日に放送した『徳光&所のスポーツえらい人グランプリ』や2009年3月2日放送の『人生が変わる1分間の深イイ話』、2010年10月8日放送の『金曜スーパープライム』、2023年12月31日放送の『笑う大晦日』でも取り上げられた[注 25]
  • 2009年以降、年1回夏季にスカパー!の企画で、広島対巨人戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)の実況を担当している[注 26]。解説は、日テレ・広島テレビ解説者の山本浩二池谷公二郎が務め、往年の日本テレビの中継の再現となっている(中継自体は、フジテレビ系列のTSS制作、または子会社のTSSプロダクションが制作協力)。また、前述の不敗神話も健在であったが、2014年8月17日に広島が勝利したことにより、ついに不敗神話が途切れることとなった。
    • 2009年8月12日。7回には一挙9点を挙げるなど、23安打の猛攻で、16-5で巨人が大勝した[61][注 27]
    • 2010年7月31日。試合は5-0で巨人が勝利した。特に7月中は巨人投手陣が不安定な中、6月18日の対中日戦以来となる、約1ヶ月半ぶりの完封勝利となった[63]
    • 2011年8月28日[注 28]。試合は両チームとも決め手となる1点が入らず、延長戦までもつれる展開となったが、4-2で巨人が勝利した。
    • 2012年9月25日[注 29]。両チーム一歩も譲らない接戦となったが、3-2で巨人が勝利した。
    • 2013年8月9日。巨人が5-4で逆転勝ちし、優勝マジック39が点灯した[68]
    • 2014年8月17日。途中までは巨人がリードしていたが、8回に不動のセットアッパーである山口鉄也が広島打線に一挙に3連続適時打で3点を失い、広島が5-4で逆転勝ち[69]
    • 2015年は、4月9日にBSスカパー!で放送の『スカパー! プロ野球セットpresents 2015 プロ野球 広島×巨人』で実況を担当[注 30]

ゴルフ

青木功が日本人で初めて、アメリカPGAツアーで優勝したハワイアン・オープン(1983年)の中継を担当[注 31]

オリンピック

その他

  • 箱根駅伝の中継では、日本テレビ系列が中継を始めた1987年から8年連続でセンター実況を担当[78]、その後もスタート・ゴール実況やインタビュアーとして、中継に長く携わった[79]
  • ドラマ『太陽にほえろ!』第81話「おやじバンザイ」で、警察による犯人包囲の模様を実況するアナウンサー役でゲスト出演したことがある[80]

参考資料

  • 外部リンク
    • 日本テレビ公式サイト
  • 『実況! 熱きことばの伴走者たち』(1994年3月発売・4月1日発行、日本テレビ放送網アナウンス部編著・創拓社発行)ISBN 9784871381772
    • 第1部第4章「この道ひとすじ」(P53-64掲載) ※小川へのインタビュー記事(プロ野球中継に関するコメントが記載)。
    • ふろく「テレビと共に108人」(P213-242掲載) ※歴代の日本テレビアナウンサーを入社年ごとにまとめた年表。世の中の出来事と併せ、アナウンサーの動きについても記載。1994年当時の日本テレビアナウンサーのプロフィール[注 33]が記載。
  • 『12球団全選手カラー百科名鑑』シリーズ各年版
    • 『12球団全選手カラー百科名鑑2000』(『ホームラン』2000年3月号増刊。同31日、日本スポーツ出版社発行)
      • 「2000プロ野球アナウンサー紹介」(P218-221掲載)
    • 『12球団全選手カラー百科名鑑2004』(『ホームラン』2004年3月号増刊。同31日、日本スポーツ出版社発行)
      • 「2004プロ野球アナウンサー紹介」(P240-243掲載)
  • 週刊読売』1985年10月20日号(読売新聞社発行)
  • 週刊ベースボール』2005年1月31日号(第60巻・第4号・通算2676号。同日、ベースボール・マガジン社発行)
    • 「私の球界改革論」第10回 小川光明(P88-91掲載)
  • 『ザ・テレビ欄0 1954〜1974』(2009年8月31日、TOブックス発行、テレビ欄研究会編・著、ISBN 4904376102) - 1954年から1974年の間に発行された報知新聞東京本社版テレビ欄の一部を掲載(奥付に「協力:株式会社報知新聞社」のクレジットあり)。
  • 『報知新聞』→『スポーツ報知』バックナンバー(報知新聞社発行)
    • 『巨人レジェンド回顧録 あの時 Part2』(『スポーツ報知』特別号。2015年5月28日発売[注 34]。報知新聞社発行) ※2014年に巨人軍創立80周年記念として連載された記事『「あの時」第2部』の同8月 - 12月掲載分を加筆・再録したもの。
      • 18・19面掲載「元日本テレビアナウンサー 小川光明」(取材・構成:洞山和哉)
  • 『月刊パームス』2015年3月号 No.280(2015年2月25日発行)P36・37掲載インタビュー記事「大好きな宮崎をホームタウンに、今後も遊び心を忘れず実況に取り組みたい!」(『太陽放談』第166回ゲスト フリー・アナウンサー 小川光明さん)[注 35](P37下部に、2月5日取材である旨が明記)…ウェブ版(『miyazaki ebooks』より…html版swf版=原資料をデジタルスキャン化したもの

脚注

関連項目

外部リンク

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