山手駅
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| 山手駅 | |
|---|---|
|
駅舎(2014年3月) | |
|
やまて Yamate | |
![]() | |
| 所在地 | 横浜市中区大和町二丁目52 |
| 駅番号 | JK08 |
| 所属事業者 | 東日本旅客鉄道(JR東日本) |
| 所属路線 | ■根岸線 |
| キロ程 |
5.0 km(横浜起点) 大宮から64.1 km 八王子から49.4 km |
| 電報略号 | マテ |
| 駅構造 | 高架駅 |
| ホーム | 2面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
[JR 1]16,948人/日(降車客含まず) -2024年- |
| 開業年月日 | 1964年(昭和39年)5月19日[1] |
| 備考 | |
山手駅(やまてえき)は、神奈川県横浜市中区大和町二丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)根岸線の駅。駅番号はJK 08。
年表

山手を名乗る駅は、国鉄の当初の計画では山手地区の近くに設置する駅を「山手町駅」として予定していたが、同駅は石川町の住民の運動により石川町駅となった。結果当駅が「山手駅」という名称となった(当初計画では「大和町駅」となる予定だった[3])。
1971年に山手線の行先表示を「山手 YAMATE」から「山手線 YAMANOTE-LINE」に変更し、読み方を「やまてせん」から「やまのてせん」に統一することになったきっかけの一つに、山手線と並行する京浜東北線の直通先に当駅が開業したことにより、山手線の列車を「山手駅行きの(横浜方面へ行く)列車」と勘違いするという事例が発生したことがある[4]。
元来の山手町は当駅より北側の、石川町駅寄りにあり、駅周辺とは別の地区である。当駅所在地はかつての久良岐郡根岸村であり、周辺の町名は、立野・竹之丸・仲尾台・矢口台・豆口台など多くは根岸村字(あざな)に由来する。開港時における外国人居留地としての歴史と伝統を持つ山手町の最寄り駅ではなく、むしろかつての根岸の一部ではあるが、横浜市街の山手(やまのて)となった地区の最寄り駅である。駅名が決まった際には、山手地区の山手東部町内会が、山手に来る人々が当駅で間違えて降りてしまう危険性があることを理由として、当駅を山手にしないよう国鉄に請願を出したという。
当駅ができる前、この辺りの人々の交通はもっぱら横浜市電に頼っていただけに、当駅の開業は画期的なことであった。反面、駅の北東にある大和町の商店街は、駅の南西の豆口方面からの人々が市電に乗りに行く途中にあって栄えていたため、当駅が開業すると一転して寂れることとなった。
駅構造
石川町方の第2竹之丸トンネル(約61メートル)と根岸方の矢口台トンネル(約612メートル)に挟まれた500mに満たない地上空間に位置する。駅の下を複数本の道路が通り、ガードが造られている。
開業当時に作られた旧駅舎は横浜方の高架下にあり、各ホームの横浜方の端から階段で連絡していた。構造上のネックのためにエレベーターやエスカレーターは設置されてこなかったが、2011年からバリアフリー化工事が始まった。駅舎を大船方に約50m移し、上下線ホームに1基ずつエレベーターを、大宮方面ホームにはエスカレーターを設置。新駅舎は2013年3月24日に開業した。旧駅舎は解体され、現在は駐輪場が整備されている。
業務委託駅(JR東日本ステーションサービス委託)[7]。駅舎内部には自動券売機・自動改札機などが設置されているが、新駅舎移転後も指定席券売機は設置されておらず、指定券類を購入する場合は隣接する根岸駅又は新杉田駅利用を呼びかける案内がある。みどりの窓口は、旧駅舎での営業終了とともに閉鎖された。売店は旧駅舎の改札外にレッツキヨスク山手1号店があるが、2013年3月29日をもって閉店した。現在はNewDays山手店がある。
JRの特定都区市内制度における「横浜市内」の駅である。
のりば
| 番線 | 路線 | 方向 | 行先 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 下り | 磯子・大船方面 | ||
| 2 | 上り | 横浜・東京・大宮方面 | ||
| - | 新横浜・町田・八王子方面 | 朝晩のみ運転 |
(出典:JR東日本:駅構内図)
- 改札口(2022年6月)
- 自動券売機(2022年6月)
- コンコース(2014年3月)
- ホーム(2022年6月)
利用状況
2024年度(令和6年度)の1日平均乗車人員は16,948人であり[JR 1]、根岸線内では最少。当駅の周りには聖光学院中学校・高等学校、神奈川県立横浜緑ケ丘高等学校や横浜国立大学教育学部附属横浜小学校など電車で通学してくる児童・生徒を多数抱える学校が散在しているため、特に朝ラッシュ時には大変混雑する。
1991年度(平成3年度)以降の推移は下記の通り。
| 年度 | 1日平均 乗車人員 |
|---|---|
| 1991年(平成3年) | 16,275 |
| 1992年(平成4年) | 16,601 |
| 1993年(平成5年) | 16,677 |
| 1994年(平成6年) | 16,672 |
| 1995年(平成7年) | [11]16,509 |
| 1996年(平成8年) | 16,648 |
| 1997年(平成9年) | 16,310 |
| 1998年(平成10年) | 16,472 |
| 1999年(平成11年) | 16,530 |
| 2000年(平成12年) | [JR 2]16,471 |
| 2001年(平成13年) | [JR 3]16,454 |
| 2002年(平成14年) | [JR 4]16,494 |
| 2003年(平成15年) | [JR 5]16,591 |
| 2004年(平成16年) | [JR 6]16,232 |
| 2005年(平成17年) | [JR 7]16,509 |
| 2006年(平成18年) | [JR 8]16,877 |
| 2007年(平成19年) | [JR 9]17,147 |
| 2008年(平成20年) | [JR 10]17,242 |
| 2009年(平成21年) | [JR 11]17,182 |
| 2010年(平成22年) | [JR 12]17,118 |
| 2011年(平成23年) | [JR 13]17,226 |
| 2012年(平成24年) | [JR 14]17,307 |
| 2013年(平成25年) | [JR 15]17,390 |
| 2014年(平成26年) | [JR 16] 16,888 |
| 2015年(平成27年) | [JR 17]17,193 |
| 2016年(平成28年) | [JR 18]17,341 |
| 2017年(平成29年) | [JR 19]17,459 |
| 2018年(平成30年) | [JR 20]17,592 |
| 2019年(令和元年) | [JR 21]17,545 |
| 2020年(令和2年) | [JR 22]13,795 |
| 2021年(令和3年) | [JR 23]14,749 |
| 2022年(令和4年) | [JR 24]15,685 |
| 2023年(令和5年) | [JR 25]16,480 |
| 2024年(令和6年) | [JR 1]16,948 |
