岩倉博文

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生年月日 (1950-01-15) 1950年1月15日
没年月日 (2025-04-18) 2025年4月18日(75歳没)
死没地 日本の旗 日本 北海道苫小牧市
岩倉 博文
いわくら ひろふみ
内閣府地方創生推進室より公表された肖像
2018年 撮影)
生年月日 (1950-01-15) 1950年1月15日
出生地 日本の旗 日本 北海道苫小牧市
没年月日 (2025-04-18) 2025年4月18日(75歳没)
死没地 日本の旗 日本 北海道苫小牧市
出身校 立教大学経済学部経営学科卒業
アメリカ合衆国アンカレッジコミュニティ・カレッジ基礎経済学講座修了
前職 岩倉建設従業員
所属政党自由民主党橋本派)→)
無所属
称号 正五位
旭日小綬章
苫小牧市名誉市民
配偶者 岩倉早苗
宗教 天理教[1]
サイン
公式サイト TOP & MENU - 岩倉博文@オフィス - 岩倉博文@オフィス
選挙区 比例北海道ブロック北海道9区
当選回数 1回
在任期間 2000年6月25日 - 2003年10月10日
当選回数 5回
在任期間 2006年7月10日 - 2024年11月5日
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岩倉 博文(いわくら ひろふみ、1950年昭和25年〉1月15日 - 2025年令和7年〉4月18日)は、日本政治家位階正五位

北海道苫小牧市長(5期)、衆議院議員(1期)を務めた。

北海道苫小牧市生まれ。岩倉組創業者・岩倉巻次は祖父[2]。宗教は天理教[1]。中学卒業後上京し、立教高等学校[3]立教大学経済学部経営学科卒業、アメリカ合衆国アンカレッジコミュニティ・カレッジ基礎経済学講座修了。日本に帰国後、1974年(昭和49年)岩倉組土建入社(1989年1月岩倉建設へ社名変更)社員・役員を経て、2000年(平成12年)退社[4]1989年日本青年会議所副会頭に就任した。

2000年(平成12年)、第42回衆議院議員総選挙北海道9区から自由民主党公認で立候補。民主党代表(当時)の鳩山由紀夫小選挙区では惜敗したが、重複立候補していた比例北海道ブロックで復活し、初当選した(この選挙では岩倉が鳩山を猛追し、鳩山は野党第一党の党首でありながら全国の300選挙区の中で最も当確が出るのが遅かった)。

2003年(平成15年)の第43回2005年(平成17年)の第44回衆議院議員総選挙では鳩山に敗れ、比例復活も叶わなかった。衆議院議員在職中は橋本派に所属していた。

2006年(平成18年)、苫小牧市長の櫻井忠が飲食店経営者の女性に猥褻な行為を行った疑惑が発覚し辞職。後任を選出する苫小牧市長選挙に無所属(自民党・新党大地推薦)で立候補し、元苫小牧市長の鳥越忠行を破り初当選した。

2010年(平成22年)、2014年(平成26年)、2018年(平成30年)、2022年(令和4年)の苫小牧市長選挙において、いずれも再選する。

2023年(令和5年)11月7日夕方、苫小牧港PRキャンペーンのために大韓民国へ出張した際、仁川国際空港入国審査待機中に意識を失って倒れ、現地の大学病院へ救急搬送となり、ICUに収容された[5]。空港で救命処置にあたった韓国政府職員によれば、心肺蘇生法を行っても呼吸が回復せず、緊迫した状況であったという[6]。苫小牧市は翌8日に記者会見を行い、市長の容体について心室細動による不整脈を起こした可能性があり、意識は回復しておらず、気管挿管された状態で治療を受けていることを明らかにした。あわせて翌9日付で市長職務代理者として木村淳副市長を充てる事となった[7]。その後11日までに会話ができる状態まで回復[8]。17日に日本に帰国し、そのまま札幌市内の病院に入院した[9]。その後12月1日に胸に除細動器を埋め込む手術を受け、同月8日に退院した[10]

2024年(令和6年)2月から平日にリハビリを兼ねて登庁し、2時間ほど公務を行っていたが、同月14日から公務に完全復帰した[11]。しかし公務復帰後も、同年10月12日に肺炎で入院し治療を受ける[12]など、体調不良で入退院を繰り返していることから市長を辞職する意向を固め[13]、同月28日、市議会議長宛に辞職届を提出した[14]。翌29日に市役所で記者会見し、11月5日付で辞職する考えを表明した。後任を決める市長選挙は12月1日告示、同月8日投開票で実施され岩倉から後継指名を受けた前苫小牧市議会議員の金澤俊が初当選を果たした[15]

市長退任後から約半年後となる2025年令和7年)4月18日10時30分、心室細動のため、苫小牧市の病院で死去した[16][17]75歳没。死没日付をもって正五位に叙され、旭日小綬章を追贈された[18]

2026年2月18日、 財政健全化やインフラ整備、脱炭素の取り組みの加速、市の公式キャラクターとまチョップの誕生など、市民との対話を大切にしながら、親しみやすい市政の実現に努めたと讃え、 定例市議会にて全会一致で可決し、名誉市民の称号が贈られた[19]

市長選の結果

脚注

外部リンク

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