木崎さと子

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誕生 (1939-11-06) 1939年11月6日(85歳)
満洲国の旗 満洲国 新京
職業 小説家
言語 日本語
国籍 日本の旗 日本
木崎 さと子
(きざき さとこ)
誕生 (1939-11-06) 1939年11月6日(85歳)
満洲国の旗 満洲国 新京
職業 小説家
言語 日本語
国籍 日本の旗 日本
最終学歴 東京女子大学短期大学部卒業
活動期間 1980年 -
ジャンル 小説
デビュー作 「裸足」(1980年)
親族 従姉:皆川博子
従兄:塩谷信幸
叔父:塩谷信男
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木崎 さと子(きざき さとこ、1939年11月6日[1] - )は、日本小説家芥川賞作家。

満洲国新京(現在の長春)に生まれる[2]。本名は原田正子[1]。父は応用化学者の横山辰雄(1904年 - 1993年、1927年東京帝国大学理学部応用化学科卒業、1961年工学博士富山大学名誉教授)。4歳で母を失い、継母に育てられる。皆川博子は従姉(父の妹の長女)で、少女時代に文学を教えられた[3]。敗戦時、満洲でソ連兵や中国人の横暴を目の当たりにする。引き揚げ後、沼津富山へ移る。富山県高岡市で少女期を送り、1958年富山県立高岡高等学校を経て、1960年東京女子大学短期大学部英文科卒業[4][5]帝人に就職する。1962年、植物発生生理学者の原田宏(1930年6月1日 - 2023年1月7日、筑波大学名誉教授)と結婚し、渡仏する。1963年、米国カリフォルニア州パサディナ、1964年再度フランス。二女を儲け、パリ大学で比較文学などを学ぶ。1974年、夫の筑波大学就職により帰国し、松戸市岩瀬に居住する[5]1976年、夫のユネスコ本部出向で渡仏する。1979年、帰国、創作を始める。1980年、「裸足」で第51回文學界新人賞を受賞する(この時、木崎さと子の筆名を用いる)[6]1982年カトリック受洗1984年、親友の叔母をモデルに、自然死を選んだ患者の生き方を描いた短編『青桐』で第92回芥川賞を受賞する[7][5]1988年、『沈める寺』で芸術選奨新人賞を受賞する[8]

著作

脚注

関連項目

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