柴田獅子
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プロ入り前
飯塚市立庄内小学校で2年生の時に野球を始め、飯塚市立庄内中学校在学時は硬式野球のクラブチームである飯塚レパーズでプレーした[1]。
福岡大学附属大濠高等学校に進学し、2年秋からエースを務めた[3]。3年夏の福岡大会はエース・4番打者として臨み決勝まで勝ち進んだが、西日本短大付に敗れ、3年間で甲子園大会出場はなかった[4]。1学年上に藤田悠太郎、2学年上に山下恭吾がいた。
2024年10月24日に行われたプロ野球ドラフト会議において、宗山塁の1位指名抽選を外した北海道日本ハムファイターズと福岡ソフトバンクホークスから1位指名され、抽選の結果、日本ハムが交渉権を獲得[5]。11月12日、契約金1億円、年俸880万円で入団に合意した(金額は推定)[2]。背番号は31[6]。担当スカウトは石本努[7]。
日本ハム時代
2025年3月8日に対中日ドラゴンズのオープン戦にて三番指名打者で先発出場してプロとしての実戦デビューとなったが2打数無安打に終わり、これがこの年唯一のオープン戦出場となった。
3月18日にイースタン・リーグの埼玉西武ライオンズ戦にて三番指名打者で先発出場して二軍戦デビューを果たし、続いて2回目の二軍戦出場となったオイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ戦では七番指名打者で先発して4回表には相手先発投手の能登嵩都から二軍戦では初安打初打点となるライト前タイムリーヒットを記録した。投手としては4月20日の対オイシックス戦にて先発デビューし、1回を12球で三者三振だった[8]。6月28日の対横浜DeNAベイスターズ戦においては7番指名打者で先発出場し6回裏に山崎康晃から二軍戦では初本塁打となるスリーランホームランを放った[9]。
7月20日に行われたフレッシュオールスターゲームではイースタン・リーグ選抜の先発投手を務め、2点リードで迎えた1回裏を1安打1奪三振1四球無失点の成績で終え勝利投手となった[10]。
7月21日には新庄剛志監督が後半戦開幕となる7月26日の千葉ロッテマリーンズ戦に柴田を先発投手で一軍デビューさせる考えを明かし[11]、実際に先発投手として3回まで打者9人に対し39球無安打無四死球3奪三振の完全投球で役目を終え自身のデビューを飾った[12]。なお、一軍戦では打席に立つ事は無かった。
選手としての特徴・人物
詳細情報
年度別投手成績
| 年 度 | 球 団 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | ホ 丨 ル ド | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 敬 遠 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ 丨 ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2025 | 日本ハム | 4 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | .--- | 49 | 12.1 | 11 | 0 | 0 | 0 | 2 | 7 | 0 | 0 | 4 | 4 | 2.92 | 0.89 |
| 通算:1年 | 4 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | .--- | 49 | 12.1 | 11 | 0 | 0 | 0 | 2 | 7 | 0 | 0 | 4 | 4 | 2.92 | 0.89 | |
- 2025年度シーズン終了時
年度別守備成績
| 年 度 | 球 団 | 投手 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | ||
| 2025[16] | 日本ハム | 4 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1.000 |
| 通算 | 4 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1.000 | |
- 2025年度シーズン終了時
記録
- 初記録
- 投手記録
- 初登板・初先発登板:2025年7月26日、対千葉ロッテマリーンズ13回戦(エスコンフィールドHOKKAIDO)、3回無失点で勝敗つかず[17]
- 初奪三振:同上、2回表に山本大斗から空振り三振[17]
- 初ホールド:2025年8月23日、対福岡ソフトバンクホークス21回戦(エスコンフィールドHOKKAIDO)、 6回表に2番手で救援登板、2回2/3を1失点[18]
背番号
- 31(2025年[6] - )