水野達稀

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (2000-07-30) 2000年7月30日(25歳)
身長
体重
171 cm
75 kg
水野 達稀
北海道日本ハムファイターズ #43
2022年4月3日 京セラドーム大阪
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 香川県丸亀市
生年月日 (2000-07-30) 2000年7月30日(25歳)
身長
体重
171 cm
75 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 遊撃手二塁手三塁手
プロ入り 2021年 ドラフト3位
初出場 2022年3月25日
年俸 3000万円(2025年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

水野 達稀(みずの たつき、2000年7月30日 - )は、香川県丸亀市出身のプロ野球選手内野手)。右投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。

プロ入り前

丸亀城西高等学校では高校通算27本塁打[2]。2年時には香川県高等学校野球連盟早稲田実業高校を招待した試合が行われた。この試合では1回表に水野の2ランHRが飛び出したこともあり10対9で勝利した。また、早稲田実業高校には3年生であった清宮幸太郎が所属していた[3]。3年生時の第100回全国高等学校野球選手権大会香川大会ではリードオフマンを務め、決勝の高松高校戦では逆転となる左中間三塁打を放ち[4]、13年ぶり5回目の夏の甲子園出場に貢献した。甲子園では1回戦で日南学園と対戦。「1番・遊撃手」で先発出場するも4打数無安打に終わり、0-2で敗退した[5]

卒業後は「3年でのプロ入り」を目指しJR四国へ入社[2]

1年目から遊撃の定位置を獲り、第90回都市対抗野球大会三菱重工神戸・高砂戦では2000年以降生まれで初となる本塁打を放った[6]

2年目の都市対抗では四国銀行の補強選手として出場。2回戦のパナソニック戦で決勝の二塁打を含む3安打を記録。

3年目の第46回社会人野球日本選手権大会では初戦の三菱重工West戦で、9回にサヨナラ本塁打を記録し大会優秀選手(遊撃手部門)に選出された。

2021年10月11日に行われたドラフト会議にて、北海道日本ハムファイターズから3位指名を受け[7]、12月4日に契約金5000万円、年俸900万円で契約した(金額は推定)[8]。背番号は43[9]。担当スカウトは加藤竜人[10]

日本ハム時代

2022年はオープン戦で打率.323、1本塁打を記録して開幕一軍入りし[11]、ソフトバンクとの開幕戦は「9番・遊撃手」として先発出場した。日本ハムの新人野手が開幕スタメンに名をつられるのは大谷翔平以来約10年ぶりの快挙であったが[12]、8試合で15打数無安打と結果を残せず4月4日に一軍登録を抹消された[13]。5月4日に再登録されると[14]、5日の楽天戦でプロ初安打を記録した[15]。6月下旬に右足の違和感を感じて病院で受診し、右脛疲労骨折と診断され、離脱した[16][17]。8月31日に二軍戦で69日ぶりに復帰し、第1打席で安打を記録した[16]。しかしシーズン中の一軍再昇格は叶わず、シーズンでは21試合の出場で打率.122にとどまった。オフに現状維持の年俸900万円で契約を更改した[18]。オフの12月、一般女性と結婚した[19]

2023年は4月14日に一軍初昇格を果たしたものの[20]、打撃不振に苦しみ、6月8日に登録抹消[21]。以降は一軍での出場はなかった。シーズンでは前年を上回る31試合に出場したものの、打率は.161と結果を残すことができなかった。11月22日に50万円増の年俸950万円で契約を更改した[22]

2024年は、春季キャンプは二軍スタートだったが、二軍から一軍紅白戦など実戦に呼ばれた際に続けてアピールすることに成功し、2月15日に一軍昇格[23]。オープン戦期間中の3月8日に監督の新庄剛志から直接、レギュラーであることを告げられた[24]。「7番・遊撃手」として2022年以来2年ぶりに開幕スタメンで出場したロッテ戦でマルチヒットを記録した[25]。5月12日のロッテ戦の9回裏5-5の同点、一死満塁の場面で右前へプロ入り後初のサヨナラ打を記録した[26]。5月は15日の西武戦でプロ初本塁打を記録するなど本塁打を3本放ちOPS.802を記録した。その後も正遊撃手として出場を続けていたものの、6月21日の楽天戦で走塁中に右足関節外側靭帯損傷を負い、翌6月22日に出場登録を抹消された[27]。7月2日、オールスターゲームにファン投票で選出されたが[28]、前述の故障により出場を辞退した[29]。8月6日に一軍再登録された[30]。9月10日の西武戦では試合途中から出場し、9回裏二死三塁の打席でシーズン2本目の右前サヨナラ打を放った。最終的に、前年を大きく上回る105試合に出場し、打率.220、7本塁打、37打点、9盗塁の成績を残した。シーズンは低打率にとどまったものの、クライマックスシリーズでは全6試合に遊撃手として先発起用され、チームがファイナルステージで敗退する中、自身は20打数8安打、打率.400を記録した[31][32]。オフには2050万円増となる推定年俸3000万円で契約を更改した[33]

2025年は、開幕一軍を掴み遊撃手としてスタメン入りした。一時怪我によって離脱をしたものの、100試合に出場した。昨年よりも約50打席少ないが安打数と本塁打数は同じで、その他成績もキャリアハイとなったが失策数は増加した。チーム内wRC+(打者が1打席あたりにどれだけ得点を生み出したかを、リーグ平均(100)を基準に数値化したセイバーメトリクス指標のことを指す)ではフランミル・レイエス(wRC+=160)や郡司裕也(wRC+=146)、水谷瞬(wRC+=135)に続く。日本人生え抜き選手では1番高く、清宮幸太郎(wRC+=111)や万波中正(wRC+=115)よりも高いwRC+=120を記録した。新庄剛志監督によるとチームトップの五十幡亮汰に次ぐ足の速さである(盗塁成功率は100%)。また、7月14日に東京ドームで行われた日本ハム対西武戦に訪れた野球日本代表「侍ジャパン」の井端弘和監督(50)は、「どうしてもショートとかを見てしまうので、水野選手とか非常に足もあるし(代表で)控えも含めて考えると、こういう足の速い選手はね」と関心を示した。オフシーズンには2000万円増となる推定年俸5000万円で契約更改を行なった。

選手としての特徴・人物

広角に長打が打てるパンチ力を秘めた勝負強い打撃[34][35][36]、50mを6秒0で駆ける俊足を生かした広い守備範囲、遠投110mの強肩から投げる正確な送球が魅力の遊撃手[37][2][38][39]

JR四国時代は香川県にある宇多津駅に駅員として勤務していた[39]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2022 日本ハム 21444145200701110200160.122.163.171.334
2023 316256194101561111400210.161.213.268.481
2024 105359332307388711837951211311812.220.251.355.606
2025 1003322953273107711839504221010694.247.317.400.717
通算:4年 2577977246716024161425882167184401111916.221.271.356.627
  • 2025年度シーズン終了時

年度別守備成績



二塁三塁遊撃




































2022 日本ハム 699011.000807001.00084923.867
2023 212233071.000210001.000781933.900
2024 --1021572841260.974
2025 928011.000-921202281341.964
通算 363350091.0001017001.00020928954030107.965
  • 2025年度シーズン終了時

記録

初記録
その他の記録

背番号

  • 43(2022年[9] - )

登場曲

脚注

関連項目

外部リンク

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