梅林優貴

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1998-03-14) 1998年3月14日(27歳)[2][3]
身長
体重
173 cm
85 kg
梅林 優貴
北海道日本ハムファイターズ #98
2022年8月7日、京セラドーム大阪にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 広島県広島市安佐北区[1]
生年月日 (1998-03-14) 1998年3月14日(27歳)[2][3]
身長
体重
173 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手一塁手
プロ入り 2019年 ドラフト6位
初出場 2022年4月20日
年俸 800万円(2025年)[4]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

梅林 優貴(うめばやし ゆうき、1998年3月14日 - )は、広島県広島市安佐北区出身のプロ野球選手捕手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。

プロ入り前

広島市立亀山南小学校5年から野球をはじめる[2][3]。高校は広島県立高陽東高等学校に入学するが高校時代は甲子園出場はなく、3年時の夏の広島地方大会8強が最高成績だった[2][3]。高校卒業後は中国地区大学野球連盟に加盟している広島文化学園大学(当時2部リーグ)に進学する[2][3]。大学時代も注目選手ではなく、4年の春時点でもスカウトが見に来ていないほどであったが、JFE西日本の河野竜生の視察に来ていた北海道日本ハムファイターズ加藤竜人スカウトの目に留まる[注 1][2]。4年秋にはサイクル安打の達成だけでなく、首位打者を獲得しリーグMVPに選ばれ、広島文化学園大学を初の1部昇格に導く[2]

2019年度ドラフト会議北海道日本ハムファイターズから6位指名を受け[5]、契約金2000万円、年俸700万円で仮契約を結んだ(金額は推定)[6]。背番号は65[7]。広島文化学園大学初のプロ野球選手となった[8]

日本ハム時代

2020年は、イースタン・リーグで39試合に出場し、打率.171を記録した。

2021年は、イースタン・リーグで55試合に出場し、打率.189、2本塁打を記録した。

2022年は、4月20日に一軍初出場を果たした[9]。4月27日のオリックス戦でプロ初先発出場を果たし、プロ初安打を放った[10]。8月3日にはプロ初長打となる二塁打を放ち、初のお立ち台に上った[11]。8月7日にはプロ初打点も記録した[12]。最終的には22試合に出場した[13]。オフに、70万円増となる推定年俸770万円で契約を更改した[14]

2023年は一軍で7試合に出場したが、オフの10月29日に戦力外通告を受け[13]、11月19日に育成選手として再契約した。背番号は165[15]。推定年俸は現状維持となる770万円[16]

2024年は7月24日までにイースタン・リーグで31試合に出場し、打率.325、3本塁打、8打点の成績を挙げ、鍵谷陽平宮内春輝ととも支配下選手契約の締結が発表された。背番号は98となる[17]。8月17日に出場選手登録され[18]、同日のオリックス戦に代打起用される[19][20]など3試合に出場するも再調整のため、23日に登録抹消となった[21]

選手としての特徴

強肩巧打が魅力の捕手(一塁手もこなせる)[22][23]。遠投110m[24]、二塁送球タイム1.8秒を誇る[2][25][3]。本人も「スローイングでプロに入れたと思っている」と語っている[26]

人物

愛称は「うめ」、「ばやし[27]

好きな芸能人は大原櫻子[28]

大学時代は「4年間で遊びに行ったことはほとんどない」と語るほどストイックな生活を過ごしていた[25]。平日は主に夕方まで学校、約1時間かけてグラウンドに行き、2時間半の練習[29]。さらに1時間かけてスポーツジムに行き、90分ほどトレーニングをして帰宅していた[29]。また、授業のない日は昼にスポーツジムに行ってから全体練習[29]。その後は高速バスの清掃のアルバイト[29]。3年秋からはガソリンスタンドのアルバイトも掛け持ちしていた[29]。梅林は当時を振り返り、「妹もいたので親に負担をかけたくない思いもありましたし、社会人野球を目指すとなると道具もより良い高いものが欲しくて。そうしたものは親に買ってもらうより、自分のお金で買った方が大事にすると思ったんです」「(アルバイトで同僚や利用客と話す中で)人見知りもなくなりましたし、どういう言動をしたら喜んでもらえるか分かるようになりました」と語り、人間的にも成長できたという[29]

大学時代の監督・三原新二郎は「(梅林は)自分で練習ができる子で4年間本当によく努力しました。主将にも自ら立候補してくれましたし、ウチの野球部を変えてくれましたね」と称えている[29]

ムーキー・ベッツとは友人関係にある[30]。2025年1月に来日していた彼の練習場を手配した関係で知り合った[31]。彼とは3日間練習を共にし、打撃指導を受けるなど親交を深めたという[32]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2022 日本ハム 22514825100630020100190.104.122.125.247
2023 7660300030000000011.500.500.5001.000
2024 3540000000001000030.000.000.000.000
2025 2550000000000000030.000.000.000.000
通算:4年 34676328100930030100261.127.141.143.283
  • 2025年度シーズン終了時

年度別守備成績



捕手






















2022 日本ハム 2110511031.0000963.333
2023 6140001.0000110.000
2024 382001.0000220.000
2025 2 15 1 0 0 1.000 0 2 2 0 .000
通算 3214214031.000014113.214
  • 2025年度シーズン終了時[注 2]

記録

初記録

背番号

  • 65(2020年[7] - 2023年)
  • 165(2024年[15] - 同年7月23日)
  • 98(2024年7月24日[17] - )

登場曲

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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