柵丹駅 日本の領有下の樺太元泊郡知取町にあった鉄道省の駅 From Wikipedia, the free encyclopedia かつて柵丹駅(さくたんえき)と呼ばれていたトゥマノヴォ駅(ロシア語: Станция Туманово)は、日本統治時代は樺太元泊郡知取町に存在し、現在のロシア統治下ではサハリン州トゥマノヴォ(ロシア語版)にあるロシア鉄道極東鉄道支社サハリン地域部の駅。 所在地 極東連邦管区サハリン州トゥマノヴォ(ロシア語版)北緯48度43分29秒 東経142度50分7秒駅番号 99550所属事業者 ロシア鉄道極東鉄道支社サハリン地域部駅種類 貨客駅 грузопассажирская概要 トゥマノヴォ駅 柵丹駅, 所在地 ...トゥマノヴォ駅柵丹駅 駅舎 Туманово ◄マカロフ=シェーヴィルヌイ マルコヴォ► 所在地 極東連邦管区サハリン州トゥマノヴォ(ロシア語版)北緯48度43分29秒 東経142度50分7秒駅番号 99550所属事業者 ロシア鉄道極東鉄道支社サハリン地域部駅種類 貨客駅 грузопассажирская駅名変遷 1930年-1946年 : 柵丹(さくたん)所属路線 コルサコフ-ノグリキ線キロ程 267.6 km(コルサコフ起点)開業年月日 1930年11月3日テンプレートを表示閉じる 樺太には名好郡西柵丹村が存在したが柵丹駅周辺は東柵丹と呼ばれていた。 歴史 1930年(昭和5年)11月3日 - 樺太鉄道知取駅 - 南新問駅間(32.5km)延伸開業により設置。 1941年(昭和16年)4月1日 - 樺太鉄道の国有化により、樺太庁鉄道東海岸線の駅となる。 1943年(昭和18年)4月1日 - 南樺太の内地化にともない、鉄道省(国有鉄道)に編入。 1945年(昭和20年)8月 - ソ連軍が南樺太へ侵攻、占領し、駅も含め全線がソ連軍に接収される。 1946年(昭和21年) 2月1日 - 日本の国有鉄道の駅としては、書類上廃止。 4月1日 - ソ連国鉄に編入。ロシア語駅名は「トゥマノヴォ・サハリンスコエ」。 日本統治時代の駅名の由来 当駅の所在する地名からであり、地名はアイヌ語の「サク・コタン」(夏の村)による[1]。 運行状況 現在はポロナイスク駅、チーハヤ駅発着の1往復、ユジノサハリンスク駅、ノグリキ駅発着の特急1往復のみ停車する。 日本統治時代 (1944年当時[2]) 1945年現在、鉄道は上り元泊駅行き2本と白浦駅行きと大泊駅行きと大泊港駅行き各1本であった。下りは敷香駅行きが4本と上敷香駅行きが1本であった。 隣の駅 ロシア鉄道 コルサコフ-ノグリキ線 マカロフ=シェーヴィルヌイ停留所 - トゥマノヴォ駅 - マルコヴォ駅 日本統治時代 鉄道省樺太鉄道局 樺太東線 知取駅 - 柵丹駅 - 大鵜取駅 脚注 [脚注の使い方][1]南樺太:概要・地名解・史実(西村いわお・著、高速印刷センター内出版部 1994年)p.417 [2]南樺太:概要・地名解・史実 p.60 関連項目 ウィキメディア・コモンズには、トゥマノヴォ駅に関連するカテゴリがあります。 サハリンの鉄道 Related Articles