深沢信号場
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年表
輸送量増加に備えて設けられ、前後が複線化されたため廃止された[2]。
- 1948年(昭和23年)7月1日:国有鉄道 函館本線の深沢線路班の職員、通学者のため列車の一部を停車[3]。
- 1961年(昭和36年)10月1日:函館本線の深沢信号場として開設[2][1]。
- 1965年(昭和40年)9月29日:当信号場 - 江部乙間複線化完了、供用開始[4][2]。
- 1966年(昭和41年)9月27日:当信号場 - 滝川間の複線が供用開始され[4][2]、双方向複線化完了に伴い同日廃止[4][2]。
名前の由来
近くを流れる深沢川(現:ラウネ川)に由来。この川はアイヌ語でラウネ・ナイと呼ばれ、意味は「深い・川」であるが、この「深い」の意味は水深ではなく、両岸が高く岸から深いところを流れている様から来ており、そこから「深沢」の意訳が当てられた[5]。
構造
行違い2線式。構内の滝川側、江部乙側ともに分岐器手前をそれぞれ滝の川西5丁目通り、同6丁目通りの踏切(1984年11月にみずほ地下道としてアンダーパス化)が横切っていた。
