湯原俊二

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生年月日 (1962-11-20) 1962年11月20日(63歳)
所属政党無所属→)
民主党→)
民進党→)
希望の党→)
旧国民民主党→)
立憲民主党→)
中道改革連合
湯原 俊二
ゆはら しゅんじ
生年月日 (1962-11-20) 1962年11月20日(63歳)
出生地 日本の旗 日本 鳥取県米子市
出身校 早稲田大学社会科学部
所属政党無所属→)
民主党→)
民進党→)
希望の党→)
旧国民民主党→)
立憲民主党→)
中道改革連合
公式サイト 湯原俊二 衆議院議員 オフィシャルWEBサイト
選挙区 比例中国ブロック鳥取県第2区
当選回数 2回
在任期間 2009年 - 2012年11月16日
2021年11月5日[1] - 2024年10月9日
選挙区 米子市選挙区
当選回数 4回
在任期間 1995年 - 2009年
当選回数 1回
在任期間 1991年 - 1995年
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湯原 俊二(ゆはら しゅんじ、1962年11月20日 - )は、日本政治家

衆議院議員(2期)、鳥取県議会議員(4期)、米子市議会議員(1期)を歴任。

鳥取県米子市彦名町の専業農家に生まれる[2]

米子市立弓ヶ浜中学校鳥取県立米子東高等学校卒業[2]

1986年早稲田大学卒業[2]衆議院議員相澤英之の秘書になる。同事務所を退職。農業に従事しながら28歳で米子市議会議員に初当選[2]。32歳で鳥取県議会議員に初当選、以後4期連続当選[2]

2007年民主党鳥取県連代表代行[2]。民主党鳥取県第2区総支部代表[2]

2009年第45回衆議院議員総選挙に立候補、小選挙区では赤澤亮正に敗れるも、比例中国ブロックで復活し初当選。

2012年第46回衆議院議員総選挙では再び赤澤に敗れ、比例復活出来ず落選。2014年第47回衆議院議員総選挙にも立候補したが再び赤澤に敗れ、比例復活出来ず落選。

2017年第48回衆議院議員総選挙に鳥取2区から希望の党公認で立候補し[3]、落選。比例復活もかなわなかった[4]。その後、希望の党が分党した際は国民民主党に参加した[5]

2020年9月、旧・立憲民主党と国民民主党の一部が合流して結成された新「新・立憲民主党」から次期衆院選の公認内定を受けた[6]

2021年10月31日の第49回衆議院議員総選挙に立憲民主党公認で立候補。前回より赤澤との差を詰め、落選したものの比例復活で当選、約9年ぶりに国政に復帰した。

枝野幸男代表の辞任に伴う代表選挙(11月30日実施)では小川淳也の推薦人に名を連ねた[7]

2024年10月27日の第50回衆議院議員総選挙では、再選を目指すも前回と比べて赤澤に大きく差を付けられ、比例復活できず落選[8]。同年11月12日、立憲民主党鳥取県連の代表を辞任した[9]

2026年1月22日、第51回衆議院議員総選挙において、立憲民主党が公明党との間で結成した中道改革連合から再び鳥取2区で出馬することが発表された[10]。2月8日の投開票の結果、赤澤に敗れ比例復活もならず落選[11]

人物像

大学卒業後、湯原は相澤英之(元衆議院議員)の事務所の門をたたいた[12]。相沢の秘書時代、自民政治の構造を目の当たりにした湯原は「自民党利益誘導の体質についていけなかった」として約2年で辞め、帰郷して実家で農業に従事した[12]。28歳で米子市議選に初当選[12]。相沢からは「時間がある限り、とにかく歩け」とアドバイスを受けた[12]

政策

不祥事

2021年11月24日第49回衆議院議員総選挙で湯原陣営の選挙対策本部長を務めた福間裕隆鳥取県議会議員が公職選挙法違反(法定外文書頒布)の疑いで書類送検された。10月28日に米子市内で開いた湯原の緊急集会に先立ち、支援者に公選法で定められたはがきやビラ以外の方法で、集会の日時や場所を記載した案内文書を送付したとしている[16]2022年2月10日、公選法違反の罪で福間が在宅起訴された[17]2023年3月16日、福間が鳥取地方裁判所米子支部から罰金30万円の判決を言い渡された[18][19]。福間は判決を不服として控訴。同年10月6日広島高等裁判所は一審判決を支持し、福間の控訴を棄却した[20]。福間は高裁判決を不服として最高裁判所に上告したが[21]、2024年3月8日に最高裁は上告を棄却したため、罰金30万円・公民権停止3年の判決が確定した。なお、法定外文書頒布は連座制の適用外のため湯原の当選自体は有効となる[22]

家族

湯原家

(鳥取県米子市彦名町
  • 妻、長男、次男

選挙歴

当落選挙執行日年齢選挙区政党得票数得票率定数得票順位
/候補者数
政党内比例順位
/政党当選者数
1991年米子市議会議員選挙 1991年4月21日 28 ーー ーー ーー ーー      
1995年鳥取県議会議員選挙 1995年4月9日 32 ーー ーー ーー ーー      
1999年鳥取県議会議員選挙 1999年4月11日 36 米子市選挙区 無所属 8825票 11.51% 8 4/10  
2003年鳥取県議会議員選挙 2003年4月13日 40 米子市選挙区 無所属 6794票 10.00% 8 6/10  
2007年鳥取県議会議員選挙 2007年4月8日 44 米子市選挙区 民主党 7593票 10.78% 9 4/11  
比当 第45回衆議院議員総選挙 2009年8月30日 46 鳥取県第2区 民主党 8万4033票 49.21% 1 2/3 1/6
第46回衆議院議員総選挙 2012年12月16日 50 鳥取県第2区 民主党 4万5728票 31.82% 1 2/3 7/2
第47回衆議院議員総選挙 2014年12月14日 52 鳥取県第2区 民主党 4万9297票 36.21% 1 2/3 5/2
第48回衆議院議員総選挙 2017年10月22日 54 鳥取県第2区 希望の党 5万3312票 39.08% 1 2/3 3/2
比当 第49回衆議院議員総選挙 2021年10月31日 58 鳥取県第2区 立憲民主党 6万3947票 46.02% 1 2/2 2/2
第50回衆議院議員総選挙 2024年10月27日 61 鳥取県第2区 立憲民主党 4万3696票 33.13% 1 2/3 6/3
第51回衆議院議員総選挙 2026年2月8日 63 鳥取県第2区 中道改革連合 3万6132票 33.23% 1 2/3 10/2

脚注

関連人物

外部リンク

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