小島敏文

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小島 敏文
こじま としふみ
厚生労働大臣政務官の就任に際して公表された肖像写真
生年月日 (1950-09-07) 1950年9月7日(75歳)
出生地 広島県世羅郡世羅町
出身校 大東文化大学経済学部経営学科
前職 広島県議会議員
所属政党 自由民主党岸田派→無派閥)
称号 旭日重光章
藍綬褒章
公式サイト 小島敏文 ホームページ
選挙区 比例中国ブロック広島県第6区
当選回数 4回
在任期間 2012年12月16日 - 2024年10月9日
選挙区 三原市・世羅郡選挙区
当選回数 7回
在任期間 1983年4月30日 - 2009年7月23日
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小島 敏文(こじま としふみ、1950年9月7日 - )は、日本政治家勲等旭日重光章

衆議院議員(4期)、広島県議会議員(7期)、厚生労働大臣政務官復興副大臣を歴任した。EM菌議員連盟に所属する。

広島県世羅郡世羅町生まれ。広島県立世羅高等学校を経て、大東文化大学経済学部経営学科卒業。1973年中山正暉衆議院議員秘書となり、1980年からは宮澤喜一衆議院議員秘書を務める[1]

1983年広島県議会議員に初当選し、以後7期連続当選。2002年には広島県議会副議長に就任[1]

2009年7月23日、広島県議会議員を辞職し[2]、同年8月の第45回衆議院議員総選挙広島6区にから自由民主党公認で出馬したが、国民新党亀井静香に67,479票差で敗れた。

2012年第46回衆議院議員総選挙では、再び亀井(日本未来の党)と対決。12,331票差で敗れたが、比例中国ブロックで復活し、初当選。2014年第47回衆議院議員総選挙では、再び亀井に敗れるも、比例復活で再選[3]

2017年第48回衆議院議員総選挙では、佐藤公治に敗れるも、比例復活で3選。

2019年9月第4次安倍第2次改造内閣厚生労働大臣政務官に就任[4]

2021年第49回衆議院議員総選挙では前回より佐藤との票差を詰めるも破れ、比例復活で4選。

2022年8月に発足した第2次岸田第1次改造内閣において、復興副大臣に就任した[5]

2024年の第50回衆議院議員総選挙では区割り変更に伴い広島5区から出馬するも、同じく広島5区からの出馬となった佐藤に破れ、73歳定年制により比例名簿に登載されていなかったことからそのまま落選[6]

第51回衆議院議員総選挙への立候補の意向を示しておらず、翌2025年に実施された、自民党広島5区の支部長公募の申し込みも行なっていない[7]

2025年秋の叙勲で旭日重光章を受章[8][9][10]

政策

所属団体・議員連盟

著書

  • 『地域新生のフロンティア ~元気な定住地域確立への道~ 』(大学教育出版、2005年8月)
  • 『みどり資源活用のフロンティア ~中山間地域新生への考察と実践方策の提言~』 (大学教育出版、2007年7月)

選挙歴

脚注

外部リンク

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