金宰鎬
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![]() 2012年の金宰鎬 | |
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
|
| 出身地 | ソウル特別市 |
| 生年月日 | 1985年3月21日(41歳) |
| 身長 体重 |
181 cm 75 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 遊撃手 |
| プロ入り | 2004年 1次ドラフト |
| 初出場 | KBO/ 2004年4月5日 |
| 最終出場 | KBO/ 2025年7月6日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
| 国際大会 | |
| 代表チーム |
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| WBC | 2017年 |
| プレミア12 | 2015年 |
この表について
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| 獲得メダル | ||
|---|---|---|
| WBSCプレミア12 | ||
| 金 | 2015 | 野球 |
| キム・ジェホ | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| ハングル: | 김 재호 |
| 漢字: | 金 宰鎬 |
| 発音: | キム・ジェホ |
| 日本語読み: | きん さいこう |
| 英語表記: | Kim Jae-Ho |
金 宰鎬(キム・ジェホ、韓国語:김 재호、1985年3月21日 - )は、大韓民国のソウル特別市出身の元プロ野球選手(内野手)。
2004年に斗山ベアーズの1次指名を受け入団した。同年は目立った活躍はなかった。
しかし、その年に林載哲、盧景銀、李在雨、蔡相秉などとともに兵役逃れを試みたことが発覚、その年のシーズンの残り試合の出場禁止懲戒を受けた[1]。
2005年のシーズン後の年末に尚武野球団に入隊し、2007年に任期満了で除隊された。
除隊後の2008年にはレギュラー遊撃手だった李大秀が怪我をして離脱したことでポジションを奪い、負傷から戻ってきた李大秀と主力争いをした。
その後は数年間は李大秀、孫時憲、高永民、呉載元、李沅錫などに押されてスタメン出場できず、終盤に代走や守備固めで出場することになった。
しかし、李大秀の趙圭洙・金昶勳とのトレードによる退団、高永民の不振による二軍降格、李沅錫のサード守備固定、呉載元のファースト守備固定で2012年後半からチャンスをつかんできた。
2014年は孫時憲がFAを行使してNCダイノスに移籍したことにより、それまでバックアップ暮らしが長かった彼はレギュラー遊撃手として開幕戦に先発出場した。同年は最終的にキャリアハイの成績を残し、122試合に出場で打率2割台、86安打3本塁打54打点を記録した。
2015年シーズン終了後にはデビュー後初めてゴールデングラブ賞を受賞した。 またプレミア12韓国代表に選ばれ19打数8安打を記録、大会最多の犠牲バント3回成功と結果を残した。
2016年は同年でキャプテンを退く呉載元に続いて新たな主将に選ばれた。 シーズン後にはFAを行使して4年50億ウォンの大型契約で斗山ベアーズに残留した[2]。これは同年初のFA契約だった。 また昨シーズンに続いて2年連続ゴールデングラブ賞を獲得し、金在博、李鍾範、柳志炫、朴鎮萬、姜正浩以来6番目となる2年連続ゴールデングラブ遊撃手部門の受賞者となった。
2017年は主将職を金宰煥に渡した[3]。また同年のWBCでは代表入りに成功し、そこでも主将を務めた。
2019年は柳志赫などと激しいレギュラー争いを繰り広げたが一年を通して一軍に帯同。しかし成績は例年通りに終わった。
2020年シーズン終了後に2度目のFAとなり、2021年より契約期間3年で斗山と再契約した[4]。
引退後は2025年より野球解説委員として活動している。
2025年7月6日、蚕室野球場でのKTウィズ-斗山戦で引退式のための特別エントリーで登録され遊撃手で先発出場、1回表の守備の途中で交代した。
