明治時代、この地域は養蚕業が盛んであった。この地域の養蚕製造業者は神坂村(現在の中津川市)にあった風穴を養蚕製造用の天然冷蔵庫として使用していた。しかし、坂下村(=坂下町)の業者は木曽川を渡る必要があった。
明治時代末期、坂下町の養蚕製造業者の一人が私財を投入し、吊橋を架橋し、雨乞石橋と命名する。つまり、この人物が自分専用の橋として架けた橋であったという。現在の雨乞石橋の下流、約100mに存在した。一般の人が利用する際は、通行料を徴収していた。
1932年(昭和7年)、上流に弥栄橋が完成すると利用者が激減し、やがて無料化された。
何度も流出していたため、1986年(昭和61年)に現在の雨乞石橋が完成する。