アドマイヤロイヤル
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| アドマイヤロイヤル | ||||||
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| 欧字表記 | Admire Royal[1] | |||||
| 品種 | サラブレッド[1] | |||||
| 性別 | 牡[1] | |||||
| 毛色 | 鹿毛[1] | |||||
| 生誕 | 2007年2月10日[1] | |||||
| 死没 | 不明 | |||||
| 抹消日 |
2016年5月7日(JRA)[2] 2017年2月15日(NAR)[3] | |||||
| 父 | キングカメハメハ[1] | |||||
| 母 | マストビーラヴド[1] | |||||
| 母の父 | サンデーサイレンス[1] | |||||
| 生国 |
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| 生産者 | ノーザンファーム[1] | |||||
| 馬主 | 近藤利一[1] | |||||
| 調教師 |
橋田満(栗東) →森澤友貴(園田)[1] | |||||
| 競走成績 | ||||||
| 生涯成績 |
55戦8勝[1] 中央:40戦7勝 障害:2戦0勝 地方:13戦1勝 | |||||
| 獲得賞金 |
2億6990万3000円[1] 中央:2億5113万9000円 地方:1876万4000円 | |||||
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アドマイヤロイヤル(欧字名:Admire Royal、2007年2月10日 - 不明)は、日本の競走馬。主な勝ち鞍は2013年のプロキオンステークス。
※日本軽種馬協会が運営するJBISサーチにおいては、同名の競走馬が2000年産[4]と2007年産の2頭登録されているが、本記事では2007年産の競走馬について記述する。
デビュー前
2007年2月10日、北海道勇払郡安平町のノーザンファームにて出生。祖母に1984年京成杯3歳ステークスなど重賞3勝のダイナシュート、叔父に2005年高松宮記念優勝馬のアドマイヤマックス、半姉に2005年の桜花賞とNHKマイルカップのGI2勝を挙げたラインクラフト、さらに他にもブロードマインド、ソングオブウインドなど近親に多数の活躍馬がいる良血だった。2007年のセレクトセール当歳セッションに「マストビーラヴドの2007」として上場されると、「アドマイヤ」の冠名で知られる近藤利一に1億5500万円の高値で落札された[5]。
「マストビーラヴドの2007」は「アドマイヤロイヤル」と命名され、2009年に栗東トレーニングセンターの橋田満厩舎に入厩した。
2歳~4歳(2009年~2011年)
2009年8月22日、札幌競馬場4レースの2歳新馬戦(芝1500m)でデビューし2着。2週間後、再び札幌競馬場で開催された2歳未勝利戦(芝1800m)で初勝利を挙げた。
クラシックシーズンは重賞初挑戦となる2月14日のきさらぎ賞より始動したが、9着に終わった。結局クラシックには出走できず、条件クラスでレースを重ねた。
4歳4月からはダートに転向。夏の降級を挟み、10月30日の東京ゴールデンプレミアム(ダート1600m)の勝利をもってオープン入り。11月13日には武蔵野ステークスに出走し、重賞では初の複勝圏となる3着に健闘した。
5歳・6歳(2012年・2013年)
5歳シーズンは1月22日の平安ステークスより始動。単勝2番人気に支持されたが、8着に沈んだ。7月8日のプロキオンステークスは0.1秒差の2着、GI(JpnI)初挑戦となった10月8日のマイルチャンピオンシップ南部杯は3着に入ったものの、結局勝利を挙げることはできなかった。
6歳シーズンは1月12日の大和ステークスより始動し5着。しばらくは勝ちきれないレースが続いたが、シーズン4戦目となった5月25日の欅ステークスで約1年7か月ぶりの勝利を収めた。次走のプロキオンステークスは道中後方集団で脚をため直線で鋭く伸びると、最後はセイクリムズン・ダノンカモンとの接戦をクビ差制しゴール。レースレコードを更新する勝ち時計1分21秒9での重賞初優勝を飾った[6]。10月のマイルCS南部杯は5着、11月の武蔵野ステークスは2着に入った。
7歳~10歳(2014年~2017年)
7歳シーズン以降は7歳10月のマイルCS南部杯と8歳2月の根岸ステークスで3着に入ったのが目立つ程度で、二桁順位に沈むことも少なくなかった。9歳シーズンには障害競走にも挑戦した。2016年5月7日付でJRAの競走馬登録を抹消[2]、兵庫・園田の森澤友貴厩舎に転厩した。
転厩後初戦の大日本プロレスカップで約2年11か月ぶりの勝利を挙げたが、結局これが競走馬生活最後の勝利となった。10歳2月の園田ウインターカップで8着に敗れた後、競走馬登録を抹消され引退した。
引退後
引退後の行方については、全国乗馬倶楽部振興協会が公表している乗用馬名簿に記載がなく[7]、功労馬繋養展示事業の対象にもなっておらず不明。