アーロン・サンチェス

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生年月日 (1992-07-01) 1992年7月1日(33歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
220 lb =約99.8 kg
アーロン・サンチェス
Aaron Sanchez
カンザスシティ・ロイヤルズ(マイナー)
ヒューストン・アストロズ時代
(2019年8月10日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州サンバーナーディーノ郡バーストウ
生年月日 (1992-07-01) 1992年7月1日(33歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
220 lb =約99.8 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2010年 MLBドラフト1巡目追補
初出場 2014年7月23日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
派遣歴

アーロン・ジェイコブ・サンチェスAaron Jacob Sanchez, 1992年7月1日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンバーナーディーノ郡バーストウ出身のプロ野球選手投手)。右投右打。MLBカンザスシティ・ロイヤルズ傘下所属。愛称はサンチーズSanchize[1]

プロ入りとブルージェイズ時代

トロント・ブルージェイズ時代
(2016年3月24日)

2010年MLBドラフト1巡目追補(全体34位)でトロント・ブルージェイズから指名され、6月15日に契約[2]。この年は傘下のルーキー級ガルフ・コーストリーグ・ブルージェイズで8試合に登板後、A-級オーバーン・ダブルデイズへ昇格。2試合に先発登板して0勝1敗、防御率4.50、9奪三振を記録した。

2011年はまずアパラチアンリーグのルーキー級ブルーフィールド・ブルージェイズ英語版でプレーし、11試合(先発6試合)に登板して3勝2敗1セーブ、防御率5.48、43奪三振を記録した。8月にA-級バンクーバー・カナディアンズへ昇格。3試合に登板して0勝1敗、防御率4.63、13奪三振を記録した。

2012年はA級ランシング・ラグナッツでプレーし、25試合(先発18試合)に登板して8勝5敗、防御率2.49、97奪三振を記録した。

2013年はA+級ダニーデン・ブルージェイズでプレーし、22試合(先発20試合)に登板して4勝5敗、防御率3.34、75奪三振を記録した。

2014年はAA級ニューハンプシャー・フィッシャーキャッツで開幕を迎え、6月にAAA級バッファロー・バイソンズへ昇格。AAA級バッファローでは8試合(先発6試合)に登板して0勝3敗、防御率4.19、27奪三振を記録した。7月22日にブルージェイズとメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りし[3]、翌23日のボストン・レッドソックス戦でメジャーデビュー。1点リードの7回表から登板し、2回を無安打無失点2奪三振に抑え、初ホールドを記録した[4]。その後はリリーフ陣の一角として大車輪の活躍を見せ、24試合の登板で防御率1.09と、メジャー1年目から好防御率を記録した[5]

2015年は41試合で投げたうち11試合で先発投手としてマウンドに登った。この年は防御率3.22、7勝6敗という成績を残し、前年ほどの防御率ではなかったが、シーズンで勝ち越した。一方で約90.0イニングで44四球を出し(おおよそ2.0イニングで1個の割合)制球面で課題が浮かび上がった[5]。また、この年はチームが東地区優勝を果たしてポストシーズンに進出するとリーグ優勝決定シリーズまでの9試合に登板。このポストシーズンでは7.1イニングを投げて1失点(自責はなし)で1勝を挙げるなど活躍した。チームはカンザスシティ・ロイヤルズに2勝4敗で敗れ、1993年以来となるワールドシリーズ進出はならなかった。

2016年は、開幕から先発ローテーションに据えられた。シーズン前半で18試合に登板し、防御率2.97、9勝1敗、118.1イニングで103奪三振という好成績を記録[6]。この活躍ぶりが評価され、オールスターに選出、4番手としてマウンドに登った(1.0イニングを2安打1失点)[7]。後半戦でも概ね安定したピッチングを続け、シーズン終盤まで田中将大マイケル・フルマーらと防御率リーグトップの座を争った。リーグトップの座を固めて迎えた最終登板では、内容次第では陥落の可能性もあったが、7.0イニングを2安打1失点という見事なピッチング[6]を披露、最終的な数値を3.00としてア・リーグの最優秀防御率のタイトルを獲得した。また、勝率.882でもリーグトップとなり、J.A.ハップと共に2大エースとしてチームを引っ張った[5]。この年もチームがワイルドカードでポストシーズンに進出するとシリーズ通算2試合の先発登板で1勝を記録した。チームはクリーブランド・インディアンスに1勝4敗で敗れ、2年連続でワールドシリーズ進出を逃した。

2017年は年間を通して離脱が多く、7月22日にシーズン4度目の故障者リスト入りした[8]。結局この年は8試合先発で1勝3敗、防御率4.25、WHIP1.72とキャリアワーストの成績に終わった[5]

2018年1月12日に年俸調停で単年2700万ドルの契約を結んだ[9]。シーズン初めは制球に苦しみ、79.2イニングを投げ、45四球だった。6月23日に、右手の打撲で故障者リストに入った[10]。レギュラーシーズンでは20試合の先発登板で4勝6敗の成績だった[5]

アストロズ時代

2019年7月31日にデレク・フィッシャー、金銭とのトレードで、ジョー・ビアジーニカル・スティーブンソンと共にヒューストン・アストロズへ移籍した[11]。移籍後初登板となった8月3日のシアトル・マリナーズ戦(ミニッツメイド・パーク)で6回を2四球無安打に抑え、後続3投手(ウィル・ハリスジョー・ビアジーニクリス・デベンスキー)との継投でのノーヒットノーランを達成した[12]。オフの12月2日にノンテンダーFAとなった[13]

ジャイアンツ時代

2020年はどのチームにも所属しなかった。2021年2月21日にサンフランシスコ・ジャイアンツと400万ドルの単年契約を結んだ[14]。オプションとして最大250万ドルの出来高が含まれる。

2021年は4月の時点で5試合の先発登板で1勝1敗、防御率2.22と上々の滑り出しを見せていたものの6月7日に上腕二頭筋を痛めて10日間の故障者リストに入ると、同月20日には60日間のリストへ移行した[5]。その後7月29日にメジャー復帰を果たして3試合に登板したものの8月8日にケビン・ゴーズマンを復帰させることなどに伴ってDFAとなり[15]、5日後に自由契約となった[16]。同年はこれ以降、どのチームにも所属せずにシーズンを終えた。

ナショナルズ時代

2022年3月16日にワシントン・ナショナルズとマイナー契約を結んだ[5][17]。この契約にはメジャーに昇格した場合の出来高500万ドルが含まれていた。同年の開幕はAAA級ロチェスター・レッドウィングスで迎えたものの、4月23日にパトリック・マーフィーと入れ替わって移籍後初昇格を果たした[18]。昇格後は7試合の登板で勝敗こそ3勝3敗ながら本塁打を6本浴びるなど30失点(自責29)、防御率9.00など散々な内容で5月28日にDFAとなり[19]、3日後にジョーダン・ウィームスを昇格させることなどに伴いFAとなった[20]

ツインズ時代

2022年6月6日にミネソタ・ツインズとマイナー契約を結び、同日中にタイラー・ソーンバーグとともにAAA級セントポール・セインツに配属された[21]。8月1日に一度メジャー昇格を果たすも同日の試合に登板しただけですぐにDFAとなり、同月5日にAAA級セントポールに送り返された[5]。同月23日にバイロン・バクストンが故障者リスト入りしたことなどに伴ってメジャー再昇格を果たすと6試合に登板したものの[22]、ほとんどの試合で失点を喫するなど首脳陣の期待に応えることが出来ないまま9月23日にルイ・バーランドの復帰に伴いDFAとなり[23]、2日後にAAA級セントポールに降格した[5]。その後10月3日にメジャー再々昇格を果たし、翌4日の最終戦に登板してシーズンを終えた[5]。この年は2チーム合計で15試合(うち先発10試合)の登板で3勝4敗、防御率6.60などを記録した[5]。 3年ぶりにシーズンで負け越す結果となった。

2022年オフの11月6日に一度はFAとなったものの[24]、翌2023年2月4日にマイナー契約で契約を結び直した[5][25]。ただ、この時はメジャーに昇格する機会はなく、7月23日に自由契約となった[5][26]

ダイヤモンドバックス傘下時代

2023年8月9日にアリゾナ・ダイヤモンドバックスとマイナー契約を結び、同日中にAAA級リノ・エーシズに配属された[27]。ここでもメジャーに昇格する機会は無く、同月30日に自由契約となった[5]。これ以降はどのチームにも所属しなかった。

ブルージェイズ傘下時代

2024年5月6日にかつて在籍したブルージェイズとマイナー契約を結び、翌7日にAAA級バッファローに配属された[28]。ただ、メジャーに昇格することは一度も無く8月6日に自由契約となった[5]。この年もこれ以降、どのチームにも所属しなかった。

2025年、メジャーのシーズン中は年間を通じてどのチームにも所属しなかった。オフの10月15日にトロス・デル・エステ英語版と契約を結び、ドミニカウィンターリーグに参加している[5]

ロイヤルズ傘下時代

2026年1月27日にカンザスシティ・ロイヤルズとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することが発表された[29]

選手としての特徴

スリークォーターから最速99.4mph(約160km/h)を計測しており、平均94-95mph(約151-153km/h)のツーシームを中心に、平均94-95mphのフォーシーム、平均78mph(約126km/h)の大きく曲がるカーブ、平均88mph(約142km/h)のチェンジアップなどを主に使用する[30]。奪三振率はメジャー通算7.1とあまり高くなく、ツーシームなどでゴロを量産するグラウンドボールピッチャー[31]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2014 TOR 2400002237.50012133.01419012710541.090.70
2015 411100076010.53838092.1742601612135333.221.28
2016 303000015200.882790192.01611563051615069643.001.17
2017 880001300.25016736.04262001241024174.251.72
2018 20200004600.400474105.0106115827864062574.891.56
2019 232300031400.176524112.21311559210997082766.071.69
HOU 4400020001.0008118.2145901160010104.821.23
'19計 272700051400.263605131.114520682111157092865.891.62
2021 SF 970001100.50015635.13221504260112123.061.33
2022 WSH 770003300.50014131.1476811161030298.331.76
MIN 830000100.00012428.2312704251016154.711.33
'22計 15100003400.42926560.07881515412046446.601.55
MLB:8年 1741130003838317.5002958685.0652722927375412813453174.161.38
  • 2025年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

ポストシーズン投手成績













































2015 TOR ALDS 50100205.130100600100.00
ALCS 40000112.040100000000.00
2016 ALDS 11000245.232400500669.53
ALCS 11100226.020200510111.50
出場:2回 1122007719.01228001610873.32
  • 2025年度シーズン終了時

年度別守備成績



投手(P)












2014 TOR 2401110.917
2015 4151220.895
2016 30163221.960
2017 83410.875
2018 2031511.947
2019 23816011.000
HOU 441001.000
'19計 271217011.000
2021 SF 927011.000
2022 WSH 714001.000
MIN 824001.000
'22計 1538001.000
MLB 1744410674.955
  • 2025年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰

記録

背番号

  • 41(2014年 - 2019年7月3日)
  • 18(2019年8月3日 - 同年終了)
  • 21(2021年)
  • 45(2022年 - 同年途中)
  • 43(2022年途中 - 同年終了)

脚注

関連項目

外部リンク

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