エーシンジーライン

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欧字表記 A Shin G Line[1]
性別 [1]
エーシンジーライン
第46回小倉大賞典(2012年2月4日)
欧字表記 A Shin G Line[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 黒鹿毛[1]
生誕 2005年4月16日(20歳)[1]
抹消日 2015年12月10日[2]
Giant's Causeway[1]
Lady Danz[1]
母の父 Danzig[1]
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国[1]
生産者 Winchester Farm[1]
馬主 平井宏承
→(株)栄進堂[1]
調教師 岡田稲男栗東
坂口正則(栗東)[1]
競走成績
生涯成績 66戦9勝[1]
中央:46戦6勝
障害:19戦3勝
地方:1戦0勝
獲得賞金 2億6002万8000円[1]
中央:1億9355万9000円
障害:6373万9000円
地方:273万円
勝ち鞍
GIII小倉大賞典2012年
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エーシンジーライン(欧字名:A Shin G Line2005年4月16日 - )は、アメリカ合衆国生産・日本調教の競走馬種牡馬。主な勝ち鞍は2012年の小倉大賞典

馬名の由来は、冠名+父名の頭文字+線[2]

2歳 - 5歳(2007年 - 2010年)

2007年8月5日、小倉競馬場第4レースの2歳新馬戦(芝1200m)で、川田将雅を背にデビューし6着。5戦目からはダートに転向し、通算6戦目となった11月4日の京都競馬場・2歳未勝利戦(ダート1400m) で初勝利を収めた。3歳シーズン途中から再度芝に戻り、併せて逃げ戦法を多用するようになる。4歳夏の降級を挟みつつ、条件クラスで出走を重ねた。

6歳(2011年)

シーズン初戦の1600万下条件・寿ステークスを逃げ切り勝ちし、ようやくのオープン入りを飾った[3]。重賞初挑戦で出走した4月2日の日経賞も果敢に逃げてトゥザグローリーの5着に入った。5月28日の金鯱賞で11着の惨敗に終わった後、岡田稲男厩舎から坂口正則厩舎に転厩。転厩後初戦となった7月10日の七夕賞は2戦連続の11着に沈んだが、7月31日の小倉記念は5着と持ち直した。9月10日の朝日チャレンジカップホクトスルタンの番手でレースを進め、ゴール寸前でミッキードリームに交わされたものの、ハナ差の2着に健闘した[4]

7歳(2012年)

1月5日の中山金杯より始動し、フェデラリストの4着。2月4日の小倉大賞典も終盤まで逃げ粘り、スマートギアの猛追をクビ差凌いで重賞初優勝を飾った[5]。鞍上の川須栄彦騎手としても、これが初の重賞制覇である。次走の中日新聞杯、久々のダート出走となった名古屋大賞典も共に逃げ、それぞれ5着と3着に入った。しかし、5か月の休養を挟んで出走した3戦はいずれも着外に沈んだ。

8歳 - 10歳(2013年 - 2015年)

8歳シーズンは3月から障害競走に転向。7月20日の中京競馬場・障害3歳以上未勝利戦で小倉大賞典以来となる約1年5か月ぶりの勝利を収めた。その後は再度勝利から遠ざかったが、9歳シーズンの11月・12月に障害オープン戦を連勝した。10歳11月には初の障害重賞挑戦として京都ジャンプステークスに出走し6着。年末のイルミネーションジャンプステークスを最後に競走馬登録を抹消され引退した。

種牡馬時代

2016年から栄進牧場種牡馬となった[6]

2019年6月28日、初年度産駒のユウユウグリュックが浦和競馬場にて産駒初勝利を収めた。

2020年11月22日、2年目産駒のエイシンニーダーが阪神競馬場の2歳新馬戦にて産駒JRA初出走を飾った[7]。同年12月4日をもって種牡馬を引退[8]

種牡馬引退後は栃木県那須塩原市のブレーヴステイブルにて功労馬として繋養されている[9]

競走成績

血統表

脚注

外部リンク

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