シーザー・ジェロニモ
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| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | エルセイボ州 |
| 生年月日 | 1948年3月11日(77歳) |
| 身長 体重 |
6' 0" =約182.9 cm 165 lb =約74.8 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 中堅手 |
| プロ入り | 1967年 ドラフト外 |
| 初出場 | 1969年4月16日 |
| 最終出場 | 1983年8月28日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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選手歴 | |
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コーチ歴 | |
この表について
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シーザー・フランシスコ・ジェロニモ・ソリージャ(César Francisco Gerónimo Zorrilla、1948年3月11日 -)は、ドミニカ共和国エルセイボ州[1]出身の元プロ野球選手(外野手)。1970年代に最強を誇ったシンシナティ・レッズの強力打線、ビッグレッドマシンの一員として知られている。
愛称はチーフ(The Chief)[1]、ライフル(The Rifle)。
MLB時代
1967年、ドラフト外でニューヨーク・ヤンキースに入団。ヤンキースはジェロニモの強肩に注目し、投手転向を試みたが失敗した[2]。
1968年にルール5ドラフトでヒューストン・アストロズに移籍し、1969年にメジャービュー[2]。
1972年、ジョー・モーガンを含む8選手の絡む大型トレードで、モーガンとともにシンシナティ・レッズに移籍した。
移籍後、強肩堅守のセンターとしてレギュラーを獲得し、1974年から1977年まで4年連続でゴールドグラブ賞を受賞。1975年と1976年にはワールドシリーズ優勝を経験し、特に1975年のシリーズでは世界一のウイニングボールを掴むという幸運に与った。
1981年にカンザスシティ・ロイヤルズに移籍、1983年に現役を引退した。
引退後
引退後はドミニカに戻り、広島東洋カープが設立したドミニカカープアカデミーのコーチを務めた。