アーニー・ロンバルディ
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| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | カリフォルニア州オークランド |
| 生年月日 | 1908年4月6日 |
| 没年月日 | 1977年9月26日(69歳没) |
| 身長 体重 |
6' 3" =約190.5 cm 230 lb =約104.3 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 捕手 |
| 初出場 | 1931年4月15日 |
| 最終出場 | 1947年9月17日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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| 選出年 | 1986年 |
| 選出方法 | ベテランズ委員会選出 |
この表について
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アーニー・ロンバルディ(Ernie Lombardi、本名:Ernesto Natali Lombardi、 1908年4月6日 - 1977年9月26日)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州オークランド出身のプロ野球選手(捕手)。右投げ右打ち。
ニックネームは"Schnozz"(『鼻』の意)。捕手で首位打者を2度獲得し、強肩を誇った攻撃的キャッチャー。
1931年にパシフィックコーストリーグのオークランド球団からブルックリン・ロビンズに入団しメジャーデビュー。73試合に出場するものの、すぐにシンシナティ・レッズにトレードされた。1932年に打率.303、11本塁打を打って打撃面での才能を発揮し始め、1935年には打率.343を打ちMVPの候補に挙げられるまでになっていた。そして1938年、打率.342で首位打者を獲得、自己最高の95打点をたたき出してリーグ最優秀選手となる。
ロンバルディは当初から非常に足の遅い選手としても知られていて、併殺打の数がリーグ最多となったことも通算で4度あるのだが、レッズ在籍期間の1941年までの10年間は7度も打率3割を超えるなど、その短所を補って余りある活躍を見せていた。また強肩ぶりも有名で、しゃがんだままの姿勢から、しかも横手投げで速い球を投げていたといわれる。またMVPとなった1938年には、チームメイトの投手ジョニー・ヴァンダー・ミーアとのバッテリーが、『2試合続けての無安打試合』という記録も作っている。
1941年は打撃が不振だったこともあり、レッズはロンバルディをボストン・ブレーブスにトレードする。ところがロンバルディは移籍先のブレーブスで打率.330、11本塁打と復活し、自身2度目の首位打者を獲得する。2006年にジョー・マウアー(ミネソタ・ツインズ)が首位打者になるまで、捕手の首位打者は64年間も現れなかった。
1943年からはニューヨーク・ジャイアンツに在籍するも、出場機会は徐々に減り、1947年のシーズンを最後にジャイアンツから放出された。引退後の1953年に自殺未遂事件を起こし、1977年にカリフォルニア州のサンタクルズで死去。1986年にベテランズ委員会によりアメリカ野球殿堂入り選手に選出された。また同年、レッズ野球殿堂入りも果たしているほか、レッズのチームMVP賞の名前にも冠されている。