デビッド・ロバートソン (野球)

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生年月日 (1985-04-09) 1985年4月9日(41歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
195 lb =約88.5 kg
デビッド・ロバートソン
David Robertson
ニューヨーク・ヤンキース時代
(2011年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アラバマ州バーミングハム
生年月日 (1985-04-09) 1985年4月9日(41歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
195 lb =約88.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2006年 MLBドラフト17巡目
初出場 2008年6月29日
最終出場 2025年9月28日[注 1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
五輪 2021年
WBC 2017年
獲得メダル
男子野球
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
オリンピック
2020
ワールド・ベースボール・クラシック
2017

デビッド・アラン・ロバートソンDavid Alan Robertson, 1985年4月9日 - )は、アメリカ合衆国アラバマ州バーミングハム出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。愛称はディーロブD-Rob[1]

兄のコナー・ロバートソン英語版もMLBでプレー経験がある。

プロ入りとヤンキース時代

ニューヨーク・ヤンキース時代
(2013年9月11日)

2006年MLBドラフト17巡目(全体524位)でニューヨーク・ヤンキースから指名を受け、8月21日に契約した。

2007年は、マイナーの3チーム合計で84.1イニングを投げ、8勝3敗4セーブ、防御率0.96。114三振に対し45安打しか許さなかった。

2008年は、マイナーの2チームで投げ、合計53.2イニングで4勝0敗3セーブ、防御率1.68。ここでも77三振に対し28安打しか許さなかった。6月28日にAAA級スクラントン・ウィルクスバリ・ヤンキースからメジャー昇格を果たしたが防御率6.31と結果を残せず、8月28日に再びAAA級スクラントンへ降格した[2]。9月13日に再びメジャーに昇格した。

2009年は、開幕をAAA級スクラントンで迎えたが、ゼイビア・ネイディの15日間の故障者リスト入りに伴い、4月16日にメジャーに昇格した。翌日、ホアン・ミランダのロースター枠を空けるために再びAAA級スクラントンに降格し、5月29日に再びメジャーに昇格した。最終的な成績は43.2イニングで奪三振63(奪三振率12.97)という数字を記録し、飛躍を遂げた[2]。また、結果的に10度出場することになるポストシーズンでは地区シリーズリーグ優勝決定シリーズで1勝ずつを挙げるなど活躍し、チームのワールドシリーズ優勝に貢献した。

2010年は、前年を上回る64試合に登板した。防御率はやや悪化したが、61.1イニングで71奪三振を奪った[2]。奪三振率は10.42という数値を記録し、メジャーデビューから3年連続で10.00以上の奪三振率を記録し続けた[2]。ポストシーズンではリーグ優勝決定シリーズテキサス・レンジャーズに敗れるまでの6試合に登板したがリーグ優勝決定シリーズの第2戦を除き、役割を果たすことが出来なかった。

2011年は、マリアノ・リベラに繋ぐセットアッパーとして防御率1.08、奪三振率13.50という驚異的な成績を記録[2]サイ・ヤング賞アメリカンリーグMVPの投票でも救援投手として唯一得票を得た。また、ポストシーズンでは第3戦と第4戦に中継ぎ登板していずれの試合でも無失点に抑えたが、チームはデトロイト・タイガースに2勝3敗で敗れて地区シリーズで敗退した。

2012年は、シーズン当初にリベラが故障したため一時期クローザーを務めたが、左脇腹痛で故障者リスト入り。抑えの座はラファエル・ソリアーノに譲ったが、復帰後は右のセットアッパーとして、安定した成績を残した[2]。特に12.02という奪三振率に加え、与四球が大幅に減少したため、K/BB(奪三振/与四球)では4.38とキャリア最高の数字を残した[2]。また、ポストシーズンでは6試合に登板した[2]

2013年は70試合に登板。中継ぎながら5勝(1敗)と3セーブ33ホールド、防御率2.04を挙げるなど活躍を見せた[2]

2014年1月17日にヤンキースと521万5000ドルの1年契約に合意した[3]スプリングトレーニング中のプレシーズン・ゲームでは7試合に登板し、6回を投げ無失点と好投した。開幕ロースター入りし、リベラの引退で空いたクローザーの座を勝ち取った。開幕後は3試合に登板し、2セーブを記録したが、4月7日に左足の付け根を痛め、15日間の故障者リスト入りした[4]。4月22日に故障者リストから外れた[5]。本拠地最終戦となった9月25日のボルチモア・オリオールズ戦では、5-2とリードした局面で黒田博樹の後を受けて9回表のマウンドに登った。しかし、一死一塁からアダム・ジョーンズから2点本塁打を浴びると、続くネルソン・クルーズは打ち取り二死とするものの、その次のスティーブ・ピアースに再び本塁打を浴び、追いつかれる。シーズン5度目のセーブ失敗となったが、続く9回裏にこのシーズン限りで引退を表明しているデレク・ジーターの現役最後のサヨナラ適時打が飛び出し、ロバートソンは勝利投手となった[6]。結果として最高の幕切れを導いたセーブ失敗について、地元紙ニューヨーク・ポストの記事では「史上最高のブラウンセーブ」という見出しで書かれ[7]ESPNでは「良いブラウンセーブというものがあるなら、これがそれだった」と評された[6]。この年は最終的にリーグ3位の39セーブを記録し、セーブ成功率は10セーブ以上記録した投手の中ではリーグ4位の88.6%を記録。防御率こそ3.08と前年より大幅に悪化したものの、被打率.191、WHIP1.06、奪三振率13.43はすべてキャリア2番目の記録であり、クローザー転向初年度としては充分な働きを見せた[8]。オフの10月30日にFAとなった[2]

ホワイトソックス時代

シカゴ・ホワイトソックス時代
(2015年4月27日)

2014年12月10日にシカゴ・ホワイトソックスと総額4600万ドルの4年契約を結んだ[9]。12月16日に同時期に入団したジェフ・サマージャメルキー・カブレラと共に入団会見を行った。背番号は、「30」に決まった[10]

2015年はクローザーとして60試合に投げ、ア・リーグ6位タイとなる34セーブを記録したが、防御率は3.41まで悪化した[2]

2016年もクローザーとして起用され、前年を上回る62試合登板、リーグ4位タイとなる37セーブを記録した[2]。しかし、防御率こそ前年とほぼ同じであったが、BB/9が1.85から4.62、WHIPが0.97から1.36と投球内容が悪化した[2]

2017年はシーズン開幕前の2月9日に第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)アメリカ合衆国代表に選出された[11]。同大会では計4試合に登板し3.2イニングを1失点。3月22日の決勝プエルトリコ戦では最後の1イニングを投げ、初優勝の胴上げ投手となった[12]。シーズンでは7月までに31試合に登板し、4勝2敗13セーブ、防御率2.70と好調を維持していた[2]

ヤンキース復帰

ニューヨーク・ヤンキース時代
(2017年9月7日)

2017年7月19日にタイラー・クリッパードイアン・クラーキン英語版ブレイク・ラザーフォード英語版ティト・ポロとのトレードで、トッド・フレイジャートミー・ケインリーと共にヤンキースへ移籍した[13]。移籍後は主にセットアッパーとして30試合に投げ、5勝負けなし、防御率1.03、WHIP0.74とさらに圧倒的な投球を見せた[2]。両チーム合計では61試合登板で自身最多である9勝を記録、防御率1.84、WHIP0.85と投球内容も前年から改善された[2]。また、チームが5年ぶりにポストシーズンに出場したためポストシーズンのロースターに入ると、リーグ優勝決定シリーズヒューストン・アストロズに3勝4敗で敗れるまでの7試合に登板した。

2018年は前年から引き続きセットアッパーとして起用され、チームトップの69試合に登板して8勝3敗5セーブ、防御率3.23、91奪三振を記録した。2年連続の出場となったポストシーズンでは3試合に登板したものの、チームは地区シリーズボストン・レッドソックスに1勝3敗で敗退した。オフの10月29日にFAとなった[2]

フィリーズ時代

フィラデルフィア・フィリーズ時代
(2019年4月7日)

2019年1月3日にフィラデルフィア・フィリーズと2年契約を結んだ[14]。シーズンでは7試合の登板にとどまり、8月に右肘のトミー・ジョン手術を受けることを発表し、2020年のシーズンは全休となる見込みになった[15]

2020年は予定通り全休し、オフの10月30日にFAとなった[16]

フィリーズ退団後

2021年5月23日に東京オリンピック野球アメリカ大陸予選のアメリカ合衆国代表に選出された[17]。7月2日には東京オリンピック本大会のアメリカ合衆国代表に選出された[18]。またオリンピックに向けた調整として、独立リーグであるアトランティックリーグハイポイント・ロッカーズ英語版と契約を結んだ[19]。オリンピック本大会では3試合に登板した。

レイズ時代

2021年8月16日にタンパベイ・レイズとメジャー契約を結んだ[20]。9月1日にメジャー昇格し、昇格した当日のボストン・レッドソックス戦で2年ぶりとなるメジャー登板を果たした[21]。オフの11月3日にFAとなった[22]。同年は12試合の登板に終わったものの、9月24日に本拠地トロピカーナ・フィールドで行われたマイアミ・マーリンズ戦ではオープナーとしてキャリア唯一となる先発登板を果たすと1イニングを無失点に抑えてチームの勝利に貢献した[23]。ポストシーズンでは3試合に登板したが、チームは地区シリーズで自身2度目の対戦となったレッドソックスに1勝3敗で敗退した。

カブス時代

2022年3月16日にシカゴ・カブスと350万ドルの単年契約を結んだ[24]。オプションとして最大150万ドルの出来高が含まれる[25]。6月22日のピッツバーグ・パイレーツ戦ではメジャーで初めて打席に立ったが、ディエゴ・カスティーヨの前に空振り三振に倒れた[26]

フィリーズ復帰

2022年8月2日にベン・ブラウンとのトレードで、かつて所属したフィリーズへ移籍した[27]。オフの11月6日にFAとなった[28]。このシーズンは2チームで58試合に登板し4勝3敗20セーブ、防御率2.40という成績を収めた[2]ヒューストン・アストロズと対戦したワールドシリーズにも出場し、第1戦ではセーブを記録した[29]

メッツ時代

ニューヨーク・メッツ時代
(2023年3月27日)

2022年12月9日にニューヨーク・メッツと1000万ドルの1年契約を結んだ[30][31]

マーリンズ時代

2023年7月28日にマルコ・バルガスロナルド・ヘルナンデスとのトレードでマイアミ・マーリンズへ移籍した[32]。オフの11月3日にFAとなった[33]。自身にとって3年連続の出場となったポストシーズンでは1試合に登板。勝敗は付かなかったが、敵地となったシチズンズ・バンク・パークでのワイルドカードシリーズ英語版第2戦では、前年途中までフィリーズで共にバッテリーを組んでいたJ.T.リアルミュートにソロ本塁打を浴びるなど2失点と役割を果たせなかった[34]。チームもフィリーズに連敗を喫し、ワイルドカードでシリーズ敗退となった。

レンジャーズ時代

2024年1月26日にテキサス・レンジャーズ2025年の契約延長オプション付きの1年契約を結んだ[35]。シーズンでは自己最多の72イニングを投げた[2]。シーズン終了後にFAとなった[36]

3度目のフィリーズ時代

2025年は6月までは無所属で過ごしていたが7月21日にフィリーズと1年1600万ドル(うち600万ドルは球団負担)で契約を結び、そのままオプションでAAA級リーハイバレー・アイアンピッグスに配属された[37]。同年は20試合に登板して2勝無敗2セーブ10ホールド、防御率4.08、22奪三振を記録したものの前年以前からは大幅に奪三振数が減少した[2]。結果的に現役最後の出場となったポストシーズンではロサンゼルス・ドジャースと対戦した地区シリーズ第1戦(シチズンズ・バンク・パーク)でこの試合に先発したクリストファー・サンチェスの後を受けて6回表から2番手で登板するもイニングを跨いだ7回表にアンディ・パヘスに安打を浴びると続くウィル・スミスに死球を与えたのち、大谷翔平ムーキー・ベッツを打ち取ったところで降板。しかし、後を受けたマット・ストラムテオスカー・ヘルナンデスに3点本塁打を浴びて勝ち越されたため敗戦投手となり、チームもシリーズ通算1勝3敗でドジャースに敗れて地区シリーズで敗退した[38]。オフの11月2日にFAとなった[2]

2026年1月30日に自身のインスタグラムを更新し、現役を引退することを発表した[39]

選手としての特徴

オーバースローから、最速球速96.3mph(155km/h[40]・平均92mph(148km/h)のカッターを中心に、決め球である平均82mph(132km/h)のナックルカーブ、その他に平均93mph(150km/h)のフォーシーム、平均89mph(143km/h)のチェンジアップなども使用する(2016年シーズンによる)[41]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2008 NYY 25000040001.00013130.12931520366018185.341.45
2009 4500002115.66719143.23642311636019163.301.35
2010 64000045114.44427361.15953363717226263.821.50
2011 700000401341.00027266.2401356110061981.081.13
2012 65000027230.22224860.25251901811119182.671.17
2013 70000051333.83326266.15151812771015152.041.04
2014 63000045390.44425964.14572321960023223.081.06
2015 CWS 60000065340.54525063.14671321864027243.410.93
2016 62000053370.62526762.15363241751024243.471.36
2017 31000042130.66713233.12141132473010102.700.96
NYY 30000050181.00013235.014212215140441.030.74
'17計 61000092148.81826468.13562353987014141.840.85
2018 69000083521.72728369.24672610911030253.231.03
2019 PHI 700000102.000336.281600600445.402.10
2021 TB 1210000002----5012.01124001600764.501.25
2022 CHC 360000301401.00016540.12341903512010102.231.04
PHI 2200001363.2509923.116216103020872.701.37
'22計 58000043203.57126463.23963513814018172.401.16
2023 NYM 40000042147.66717244.03151312484013102.051.00
MIA 2200002443.3339721.12221211301015125.061.59
'23計 620000661810.50026965.15372523785028223.031.19
2024 TEX 68000034234.42929672.05352745998125243.001.11
2025 PHI 200000202101.0007817.21848102200984.081.47
MLB:17年 88110006846179206.5963690894.167481365382511765753152912.931.16
  • 各年度の太字はリーグ最高

ポストシーズン投手成績













































2009 NYY ALDS 1010041.010000000000.00
ALCS 20100102.010220100000.00
WS 20000102.120100200000.00
2010 ALDS 2000030.200100100000.00
ALCS 40000172.2811104106620.25
2011 ALDS 2000072.000001200000.00
2012 ALDS 40100144.110000500000.00
ALCS 2000082.021000200114.50
2017 ALWC 10100133.130100510000.00
ALDS 30100164.211200500111.93
ALCS 40000225.071100600559.00
2018 ALWC 1000031.000000100000.00
ALDS 2000092.200100600000.00
2021 TB ALDS 30000164.030100200000.00
2022 PHI NLWC 1010031.000000200000.00
NLCS 30000142.241200400113.38
WS 40001164.020300510000.00
2023 MIA NLWC 1000082.021000400229.00
2025 PHI NLDS 1001030.1100010002254.00
出場:10回 43061119647.23861632573018183.40

年度別守備成績



投手(P)












2008 NYY 2513001.000
2009 4503001.000
2010 6405001.000
2011 703310.857
2012 6541001.000
2013 7044001.000
2014 6354001.000
2015 CWS 6041001.000
2016 6246011.000
2017 3132001.000
NYY 303110.800
'17計 616310.900
2018 696510.917
2019 PHI 710001.000
2021 TB 1211001.000
2022 CHC 3601001.000
PHI 2233001.000
'22計 5834001.000
2023 NYM 4057001.000
MIA 2230001.000
'23計 6287001.000
2024 TEX 6838001.000
2025 PHI 2012001.000
MLB 881546031.974

記録

背番号

  • 30(2008年 - 2019年、2021年、2023年 - 同年途中)
  • 37(2022年、2024年)
  • 19(2023年)

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク

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