ドリュー・スマイリー

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生年月日 (1989-06-13) 1989年6月13日(36歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
190 lb =約86.2 kg
ドリュー・スマイリー
Drew Smyly
アトランタ・ブレーブス時代
(2021年4月6日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アーカンソー州プラスキ郡モーメル英語版
生年月日 (1989-06-13) 1989年6月13日(36歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
190 lb =約86.2 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2010年 MLBドラフト2巡目(全体68位)
初出場 2012年4月12日
年俸 $8,000,000(2023年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
WBC 2017年
獲得メダル
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ワールド・ベースボール・クラシック
2017野球
パンアメリカン競技大会
2011野球

トッド・アンドリュー・スマイリーTodd Andrew Smyly, 1989年6月13日 - )は、アメリカ合衆国アーカンソー州プラスキ郡モーメル英語版出身のプロ野球選手投手)。左投左打。現在は、フリーエージェント(FA)。

プロ入りとタイガース時代

2010年MLBドラフト2巡目(全体68位)でデトロイト・タイガースから指名され、8月16日に契約した[2]

2011年、傘下のA+級レイクランド・フライングタイガース英語版でプロデビュー。14試合に先発登板して7勝3敗、防御率2.58、53奪三を記録した。7月にAA級エリー・シーウルブズへ昇格。8試合(先発7試合)に登板して4勝3敗、防御率1.18、77奪三振を記録した。オフの10月に開催されたグアダラハラパンアメリカン競技大会野球アメリカ合衆国代表に選出された[3]

2012年はAAA級トレド・マッドヘンズで開幕を迎え、4月11日にタイガースとメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[4]。翌12日のタンパベイ・レイズ戦で先発起用されメジャーデビュー。この試合では4イニングを投げて被安打4、1失点、3四球、4奪三振の内容だった[5]。7月7日に肋間筋を痛め、14日に15日間の故障者リスト入りした[6]。7月29日に復帰してからはリリーフとしても起用された[7]ニューヨーク・ヤンキースとのアメリカンリーグチャンピオンシップシリーズ(ALCS)第1戦(ヤンキー・スタジアム)では延長11回からリリーフ登板して2イニングを投げ、勝利投手になった[8]。この年は23試合(先発18試合)に登板して4勝3敗、防御率3.99、94奪三振を記録した[2]。また、ポストシーズンでも前述の登板を含めて計4試合に登板してワールドシリーズ第2戦のサンフランシスコ・ジャイアンツ戦(AT&Tパーク)で失点を喫した以外は無失点に抑えた(その失点も併殺の間によるものであった)[9][2]

2013年にはリリーフに転向。63試合に登板して6勝0敗2セーブ、防御率2.37、81奪三振を記録した[2]。2年連続の出場となったポストシーズンでは、前年を上回る6試合に登板してボストン・レッドソックスとのリーグ優勝決定シリーズ第2戦(フェンウェイ・パーク)ではジャコビー・エルズベリーに四球を与えると代わったホアキン・ベノワデビッド・オルティーズに満塁本塁打を浴びた(なお、彼が残したランナーであったこともあってスマイリー自身に失点1が、彼の後で登板したアル・アルバカーキに失点2がそれぞれ記録された)[10]。ただ、それ以外の試合では無失点で抑えた[2]。チームはレッドソックスに2勝4敗で敗れ、ワールドシリーズ進出はならなかった[2]

デトロイト・タイガース時代
(2014年6月8日)

2014年2月24日にタイガースとの1年契約に合意した[11]。同年は先発に再転向し、開幕後は21試合に登板。6勝9敗、防御率3.93、89奪三振を記録した[2]

レイズ時代

2014年7月31日にタイガース、レイズ、シアトル・マリナーズ間の三角トレードで、レイズへ移籍した[12]。レイズ移籍後は7試合の先発登板で、防御率1.70、3勝1敗というハイレベルなパフォーマンスを披露。シーズントータルでは、タイガースでの負け越しが影響して二桁勝利にはギリギリ届かなかった[2]

2015年は左肩の故障によって、わずか12試合の登板にとどまったが、防御率3.11、5勝2敗という好成績を記録。奪三振率も、メジャーで初めて10.0を上回った[2]

タンパベイ・レイズ時代
(2016年6月26日)

2016年はフルシーズン先発ローテーションに入り、30試合に登板して自身初めて規定投球回に到達した。アメリカンリーグワースト5位の32本塁打を浴び、防御率4.88、7勝12敗と負け越したが、持ち前の三振奪取能力では167奪三振を記録し、奪三振率8.6を記録した[2]

レイズ退団後

2017年1月11日にマレックス・スミス[注 1]ライアン・ヤーブローカルロス・バルガス英語版とのトレードで、マリナーズへ移籍した[14][15]。開幕前の2月9日に指名投手枠で第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)アメリカ合衆国代表に選出され[16]、2次ラウンドから代表に合流した[17]。3月15日のベネズエラ戦に先発登板し、ベネズエラは同じマリナーズに所属するフェリックス・ヘルナンデスが先発登板したため、マリナーズ対決として注目を受けた[18]。3月22日の決勝プエルトリコ戦に勝利し、初の優勝を果たした[19]

3月31日、左肘の張りを訴え6~8週間の休養が必要と診断され、10日間の故障者リスト入りした[20]。4月4日に60日間の故障者リストに移行し[21]、6月にはトミー・ジョン手術を受けたため[22]、復帰することなくシーズンを終えた。オフの12月1日にノンテンダーFAとなった[23][2]

2017年12月12日、シカゴ・カブスと2年総額1000万ドル(出来高最大700万ドル)で契約を結んだ[24]。しかし2018年シーズンはメジャーで登板することなくシーズンを終えた。

結果的にマリナーズとカブスで登板することはなかった。

レンジャーズ時代

テキサス・レンジャーズ時代
(2019年6月18日)

2018年11月2日に後日発表選手と共にトレードで、テキサス・レンジャーズへ移籍した[25]

2019年6月20日にDFAとなり[26]、25日にFAとなった[2]

ブルワーズ傘下時代

2019年7月1日にミルウォーキー・ブルワーズとマイナー契約を結んだ[27]。傘下のAAA級サンアントニオ・ミッションズでプレーしていたが、7月18日に自由契約となった[2]

フィリーズ時代

2019年7月21日にフィラデルフィア・フィリーズとメジャー契約を結んだ[28]。オフの10月31日にFAとなった[29]。この年は2チーム合計で25試合(先発21試合)に登板して4勝7敗、120奪三振を記録した[2]。また、6月14日に敵地グレート・アメリカン・ボール・パークで行われたシンシナティ・レッズ戦ではジェフリー・スプリングスの後を受けて4番手で登板すると3イニングを投げ、3本の安打を浴びてニック・センゼルにソロ本塁打を許したものの、以降の打者は抑えてメジャーでは初となるセーブを記録した[30]。なお、防御率は6.24と振るわなかった[2]

ジャイアンツ時代

ジャイアンツ時代

2020年1月16日にサンフランシスコ・ジャイアンツと400万ドルの1年契約を結んだ[31]。背番号はフィリーズ時代と同じ「18」。オフにFAとなった[2]。この年は7試合(先発5試合)の登板に終わったが、防御率は3.42とまずまずだった[2]

ブレーブス時代

2020年11月16日にアトランタ・ブレーブスと1100万ドルの1年契約を結んだ[32]

2021年は8月までは先発ローテーションの一角として、9月以降は中継ぎとして起用され、初の2桁勝利となる11勝(4敗)を記録し、ブレーブスのワールドシリーズ進出に貢献した。ブレーブスはワールドシリーズ優勝を果たし、自身初めてとなるワールドシリーズ優勝を経験した[33]。 オフの11月3日にFAとなった[34]

カブス時代

2022年3月19日にシカゴ・カブスと425万ドルの1年契約を結んだ[35]。2023年は相互オプションとなり、バイアウトの際は100万ドルが支払われる[36]。同年は22試合の先発登板で7勝8敗ながら防御率は3.47とまずまずであった。また、91奪三振を記録した[2]

2023年は41試合(先発23試合)に登板して自身2度目の二桁勝利となる11勝を記録したが11敗とこちらは自身3度目の二桁敗戦も同時に記録し、防御率も5.00と前年よりも悪化した[2]。その他の成績は1ホールド、141奪三振などであった[2]。2023年6月3日、サンディエゴ・パドレスダルビッシュ有と先発投手として投げ合った。この試合でスマイリーは敗戦投手となり、一方のダルビッシュは7回無失点の好投で勝利投手となった。スマイリーは試合後、ダルビッシュについて「長年の大投手」と称賛するコメントを残した[37]


2024年はリリーフに再転向。この年は50試合に登板して4勝8敗と2年ぶりに負け越したものの、防御率は3.84と前年よりも良化した[2]。オフの11月2日に球団側からオプションを破棄されてFAとなった[38]

2025年は7年ぶりにどのチームにも所属しなかった。

選手としての特徴

90~93mphフォーシーム、80mph台後半のカッター、80mph前半のスライダーが中心。右打者に対しては平均84mphのチェンジアップも投げる[39]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2012 DET 23180004301.57141699.193123312943049443.991.27
2013 630000602211.00030376.06241711815020202.371.04
2014 21180006901.400445105.1111143111894048463.931.35
TB 771113100.75017347.225411104440991.700.76
'14計 282511191001.474618153.01361842211338057553.241.16
2015 12120005200.71427566.258112001772024233.111.17
2016 303000071200.368738175.1174324922167100103954.881.27
2019 TEX 1390001510.16725151.164193401525049488.421.91
PHI 12120003200.60026362.262132101682034314.451.32
'19計 25210004710.364514114.01253255021207083796.241.59
2020 SF 750000100.00011126.1202900421011103.421.10
2021 ATL 292300011400.733546126.21332741321175169634.481.37
2022 CHC 22220007800.467447106.1101162605913046413.471.19
2023 4123000111101.500626142.11472656061419189795.001.43
2024 50000048010.33325758.257102533565029253.841.40
MLB:11年 3301791116866334.50748511144.21107190373122511195825805344.201.29
  • 2025年度シーズン終了時

ポストシーズン投手成績













































2012 DET ALCS 2010082.110000200000.00
WS 2000081.210310200115.40
2013 ALDS 2000061.010200200000.00
ALCS 4000082.000100100214.50
2021 ATL NLCS 10100133.120100200225.40
WS 20000214.071101610336.75
出場:3回 1302006414.11218111510874.40
  • 2025年度シーズン終了時

年度別守備成績



投手(P)












2012 DET 2331231.833
2013 6366001.000
2014 21413011.000
TB 71710.889
'14計 2852011.962
2015 1211010.917
2016 3062011.963
2019 TEX 1336001.000
PHI 1216001.000
'19計 25412001.000
2020 SF 721001.000
2021 ATL 2932412.964
2022 CHC 2229001.000
2023 4161341.826
2024 503310.857
MLB 33041130126.934
  • 2025年度シーズン終了時

背番号

  • 33(2012年 - 2016年、2019年 - 同年終了)
  • 18(2019年7月21日 - 2021年)
  • 11(2022年 - 2024年)

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク

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