スティーブ・ピアース

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生年月日 (1983-04-13) 1983年4月13日(42歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
210 lb =約95.3 kg
スティーブ・ピアース
Steve Pearce
ボストン・レッドソックスでの現役時代
(2018年8月12日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 フロリダ州ポーク郡レイクランド
生年月日 (1983-04-13) 1983年4月13日(42歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
210 lb =約95.3 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 一塁手外野手
プロ入り 2005年 MLBドラフト8巡目
初出場 2007年9月1日
最終出場 2019年5月31日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国

スティーブン・ウェイン・ピアースSteven Wayne Pearce, 1983年4月13日 - )は、アメリカ合衆国フロリダ州ポーク郡レイクランド出身の元プロ野球選手一塁手外野手)。右投右打。愛称はザ・トレインThe Train)、ウエイン・トレインWayne Train[1]

プロ入り前

2003年MLBドラフト45巡目(全体1341位)でミネソタ・ツインズから指名を受けるが、契約には至らず。

2004年の全米大学選手権のオールトーナメント・チーム(一塁手)に選出され、MVPも受賞するなど注目を集める。同年6月7日に行われたMLBドラフト10巡目(全体305位)でボストン・レッドソックスから指名を受けるが、またしても契約には至らなかった。

2005年は前年以上の好成績を挙げ、全米大学2ndチームの一塁手に選出されるなど更なる成長を遂げる。

プロ入りとパイレーツ時代

AAA級インディアナポリス・インディアンスでの現役時代
(2009年5月19日)

2005年6月7日に行われたMLBドラフト8巡目(全体241位)で、ピッツバーグ・パイレーツから指名を受け、6月11日に三度目にして契約成立。この年からプロデビューし、傘下のA-級ウィリアムズポート・クロスカッターズ英語版で72試合・打率.301・出塁率.381・OPS.855をマーク。8月23日、ニューヨーク・ペン・リーグのオールスターに出場[2]

2006年はA級ヒッコリー・クロウダッズとA+級リンチバーグ・ヒルキャッツにステップアップ。2球団合計で131試合に出場の上、26本塁打を放ち、98打点を挙げるなど着実にキャリアを積み重ねる。

2007年は、A+級リンチバーグ、AA級アルトゥーナ・カーブ、AAA級インディアナポリス・インディアンスの3球団合計で134試合打率.333・31本塁打・113打点出塁率.394・OPS 1.016・14盗塁打棒爆発。7月8日にはオールスター・フューチャーズゲームに、11日にはイースタン・リーグのオールスターに出場した他、ベースボール・アメリカ誌のマイナーリーグ・オールスターにも選ばれ、MiLB.comのオフェンシブ・プレーヤー・オブ・ザ・イヤーとTopps(トップス)社のプレーヤー・オブ・ザ・イヤーをダブル受賞している[2]。同年9月1日、メジャー初昇格。即日ミルウォーキー・ブルワーズ戦において「6番・右翼手」としてスタメン起用され、自身の船出をマルチヒット(4打数2安打)で飾った。23試合の出場に留まったが、打率.294・出塁率.342と結果を残し、来季に望みを繋いだ。また、シーズン終了後チーム内の有望株リストで3位にランクされ、ベストヒッター・フォー・アベレージとベスト・パワーヒッター、並びにベスト・ストライクゾーン・ディシプリンの三部門に挙げられた[3]

オフには第37回IBAFワールドカップアメリカ合衆国代表に選出された[4]

2008年3月10日、1年間の契約延長が成立。パイレーツには2011年まで在籍したが、毎年のようにメジャーとマイナーを往復していた。

ヤンキース傘下時代

2011年12月15日にツインズとマイナー契約を結ぶ。2012年3月27日にFAとなった。3月29日にニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結んだ[5]

オリオールズ時代

ボルチモア・オリオールズでの現役時代
(2012年6月10日)

2012年6月2日にボルチモア・オリオールズへ移籍[6]。7月21日にDFAとなった[7]

アストロズ時代

2012年8月24日

2012年7月28日にウェイバー公示を経てヒューストン・アストロズへ移籍した[8]

ヤンキース時代

ニューヨーク・ヤンキースでの現役時代
(2012年9月9日)

2012年8月27日にウェイバー公示を経て再びヤンキースへ移籍した[9]。9月25日にDFAとなった[7]

オリオールズ復帰

ボルチモア・オリオールズでの現役時代
(2015年4月13日)

2012年9月29日にウェイバー公示を経て再びオリオールズへ移籍した[10]。結局、同年はのべ3球団でプレーした。オフの11月30日にオリオールズと1年契約に合意したが、12月21日に40人枠を外れ、AAA級ノーフォーク・タイズへ降格した[7]

2013年3月31日にオリオールズとメジャー契約を結んだ。この年は44試合に出場し、打率.261、4本塁打・13打点、1盗塁を記録した。オフの12月2日にオリオールズと1年契約に合意した。

2014年は開幕ロースター入りしたが、4月22日にDFAとなった[11]。4月27日に自由契約となったが、29日にオリオールズと再びメジャー契約を結んだ[12]。その後は、飛躍しキャリアハイの成績を収めた。また、9月途中からは薬物使用で出場停止となったクリス・デービスにかわって、正一塁手を務めた。レギュラーの座を手中に収めた後はバットが火を噴き、打率.293、21本塁打、49打点、OPS0.930という好成績をマークした。また打撃のみならず、守備でも高い力を発揮。一塁を守った51試合で、リーグの一塁手では最多となるDRS +9[13]左翼手でも35試合でDRS +7という好成績をマークした。

2015年は内外野のユーティリティとして起用され、92試合に出場。打率が.210台まで大きく落ち込んだものの、2シーズン連続で15本塁打以上 (15本ちょうど) を放ち、長打力は健在だった。ディフェンス面では左翼を41試合、一塁を28試合、二塁手を21試合、右翼手を8試合守ったが、右翼以外の3ポジションでDRSはマイナスに終わり、打撃と同様に不振だった。オフの11月2日にFAとなった[14]

レイズ時代

2016年1月28日にタンパベイ・レイズと1年契約を結んだ[15]。レイズでは主に一塁手、二塁手のレギュラー格で60試合に出場。打率.309、10本塁打、29打点、OPS0.908と、主砲級の活躍ぶりを見せていた。一塁の守備でも30試合で3失策守備率.987、DRS +2、二塁の守備でも14試合で1失策・守備率.983・DRS0と安定していた。

2度目のオリオールズ復帰

2016年8月1日にジョナ・ハイムとのトレードで、オリオールズへ移籍した[7]。9月12日のボストン・レッドソックス戦で送球中に右腕の違和感を訴え[16]、右腕屈筋群の張りのため18日に60日間の故障者リストに入りシーズンを終えることになった[7][17]。11月3日にFAとなった[7]。なお、オリオールズでは25試合に出場していたが、打率.217、3本塁打、6打点と調子が上がらなかった。通年では、85試合に出場して打率.288、13本塁打、35打点、OPS0.867という成績であり、2シーズン前の打棒を取り戻した恰好となった。

ブルージェイズ時代

トロント・ブルージェイズでの現役時代
(2017年9月1日)

2016年12月5日にトロント・ブルージェイズと2年総額1250万ドルの契約を結んだ[18]

2017年6月21日のテキサス・レンジャーズ戦でフェンスに激突し、負傷退場した[19]。7月30日のロサンゼルス・エンゼルス戦でシーズン2本目のサヨナラ満塁本塁打を記録したが、これはブルージェイズの球団史でも40年間で初の快挙だった[20]。9月9日のデトロイト・タイガース戦では1回に背中の張りで途中退場した[21]

レッドソックス時代

2018年6月28日にサンティアゴ・エスピナルとのトレードで、レッドソックスへ移籍した[22]。翌29日にはアクティブ・ロースター入りし、同日のヤンキース戦にて「4番・一塁手」で先発出場して2安打を放った。また、この試合の出場により、ケリー・ジョンソン以来となるアメリカンリーグ東地区の球団すべてに在籍及び公式戦に出場した史上2人目の選手となった[23]。8月2日にフェンウェイ・パークでのヤンキース戦で3本塁打を放ち、チームも15-7で勝利した[24]。また、レッドソックス対ヤンキース戦で3本塁打を放ったのは6人目となる[25]。この試合の後、2018年シーズンのレッドソックスの最高のトレードと呼ばれた[24]。レッドソックスのみでの成績は、50試合で打率.279、7本塁打、26打点だった[26]

ポストシーズンでは、2018年のアメリカンリーグディビジョンシリーズ第2戦で正一塁手のミッチ・モアランドが怪我で欠場したため、その後の試合はすべて正一塁手として出場することになる。10月16日、ミニッツメイド・パークで行われた2018年のアメリカンリーグチャンピオンシップシリーズ第3戦で、6回にジョー・スミスから勝ち越しとなる本塁打を打ち、チームも8-2で勝利した[27]ロサンゼルス・ドジャースとのワールドシリーズでは第4戦の8回の最初にドジャースの抑えのケンリー・ジャンセンから同点となるソロ本塁打を打つ。9回には走者一掃となる二塁打を放ち、チームも9-6で勝利した。第5戦では、初回からクレイトン・カーショーから2点本塁打を打つと、8回にはペドロ・バエズからソロ本塁打を打った。その後試合はレッドソックスの勝利となり、ワールドシリーズ優勝を果たした。ピアース自身は初めてのチャンピオンリングを手にすることになった。3試合あまりで1967年のワールドシリーズカール・ヤストレムスキー以来となるワールドシリーズでの3本塁打はレッドソックスは初めてだった。ワールドシリーズでマルチ本塁打を35歳で達成したのはベーブ・ルーステッド・クルズースキーに続く快挙である[28]。その後、2018年のワールドシリーズ最優秀選手賞を受賞した[29][30]。11月16日に単年625万ドルの契約を結んだ[31]

2019年オフの10月31日にFAとなった[32]

2020年4月13日に現役引退を表明した[33]

プレースタイル

コンタクト・パワー・選球眼を併せ持ち、長打を広角に打ち分ける。パイレーツ時代は当初専ら一塁手を務めていたが、メジャーにはアダム・ラローシュが存在したチーム事情もあって、昇格してからは外野も守るようになった。守備力は平凡以下だが、将来的には打点製造マシンとして期待を受けている[34][35][36]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2007 PIT 23736813205102762100500122.294.342.397.740
2008 3711910962770446152002503221.248.294.422.716
2009 6018616519341314611610002100432.206.296.370.665
2010 15382948210125000270060.276.395.414.809
2011 501059481920124100012701216.202.260.255.515
2012 BAL 28837181840331140122800171.254.321.437.758
HOU 2175632164102281102713163.254.347.349.696
NYY 1230256400174000050080.160.300.280.580
'12計 611881591638814602612242013414.239.328.377.705
2013 BAL 441381191431704501310001524250.261.362.420.782
2014 1023833385199260211884950014014764.293.373.556.930
2015 9232529442641311512440110123176911.218.289.422.711
2016 TB 602322042663111101062903012621404.309.388.520.908
BAL 2570609132032460000802141.217.329.400.729
'16計 853022643576131131303503012621404.288.374.492.867
2017 TOR 9234831338791711313737000327156811.252.319.438.757
2018 268679162360441160000700141.291.349.519.868
BOS 501651361938817692600022205271.279.394.507.901
'18計 762512153561141111104200022905412.284.378.512.890
2019 2999899164012390001701315.180.245.258.503
MLB:13年 7662555225629057213189199230313731924083650953.254.332.440.772

年度別守備成績



一塁(1B)二塁(2B)三塁(3B)左翼(LF)右翼(RF)




























































2007 PIT 2120051.000---18311001.000
2008 ---110001.0002949120.962
2009 4236030231.995---110001.000
2010 1178718.988----
2011 1681919.989-1061121.895-54010.800
2012 BAL ---20291001.000970001.000
HOU 1076217.987--320001.00010101001.000
NYY 9550071.000----
'12計 191312114.993--23311001.00019171001.000
2013 BAL 3230021.000--15210001.000320001.000
2014 5139937134.998--35614011.0008141001.000
2015 2818418115.995182535071.000-4164310.98588110.900
2016 TB 3020219322.987142138119.983211001.000--
BAL 10423041.000122011.000-7100001.000621001.000
'16計 4024422326.989152340110.984211001.0007100001.000621001.000
2017 TOR 10602041.000--85132220.985-
2018 3221011.000--9140001.000230001.000
BOS 3116014112.994--210001.00020000----
'18計 3418215113.995--11150001.000430001.000
2019 1997939.972--431011.000-
MLB 275185115114170.993334875117.9921271221.9052223381132.991101131640.972

表彰

記録

背番号

  • 18(2007年)
  • 51(2008年 - 2012年途中)
  • 13(2012年途中 - 同年途中)
  • 43(2012年途中 - 同年途中)
  • 28(2012年途中 - 2018年6月27日)
  • 25(2018年6月29日 - 2019年)

代表歴

  • 2007 IBAFワールドカップ アメリカ合衆国代表

脚注

関連項目

外部リンク

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