メルシーモンサン
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| メルシーモンサン | ||||||
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第12回中山グランドジャンプ出走時 (2010年4月17日) | ||||||
| 欧字表記 | Merci Mont Saint[1] | |||||
| 品種 | サラブレッド[1] | |||||
| 性別 | 牡[1] | |||||
| 毛色 | 鹿毛[1] | |||||
| 生誕 | 2005年2月6日(21歳)[1] | |||||
| 抹消日 | 2013年4月17日[2] | |||||
| 父 | アドマイヤベガ[1] | |||||
| 母 | カネショウダイヤ[1] | |||||
| 母の父 | ダイヤモンドショール[1] | |||||
| 生国 |
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| 生産者 | 三石ファーム[1] | |||||
| 馬主 | 永井康郎[1] | |||||
| 調教師 | 武宏平(栗東)[1] | |||||
| 調教助手 | 三上賢[3] | |||||
| 競走成績 | ||||||
| 生涯成績 | 25戦2勝[1] | |||||
| 獲得賞金 | 9811万1000円[1] | |||||
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メルシーモンサン (Merci Mont Saint)[1] とは、日本の競走馬。主な勝ち鞍に2010年の中山グランドジャンプ。馬名の由来は冠名にフランス語で「山と人」、モン・サン=ミシェルに由来する[4]。
- 特記事項なき場合、本節の出典はJBISサーチ[5]
2007年12月8日、阪神競馬場での2歳新馬戦でデビューし、13着。3歳時も年初から未勝利戦を9戦するも二度の5着が最高成績で、秋に障害競走へ転向。転向後5戦して2着が最高であったが、2009年8月の小倉競馬場での障害未勝利戦でトータルの初勝利を挙げる。オープン2戦目の秋陽ジャンプステークスで4着に入ると、続く中山大障害ではキングジョイの5着に入る。翌2010年はペガサスジャンプステークスで6着に入った後中山グランドジャンプに駒を進め、レースでは中団かから競馬を進めて最後の直線で追い上げてきたオープンガーデンの追撃をクビ差退けて、通算2勝目が重賞初勝利となった[4][6]。その後故障により長期休養を余儀なくされ、2012年に中京競馬場での500万下戦で復帰し13着となったのち中山グランドジャンプでは13着。その後再び1年近い休養に入って2013年3月の500万下戦を経て中山グランドジャンプに出走も左前繋靭帯不全断裂の発症により競走中止[3]。これが最後のレースとなって4月17日付で競走馬登録を抹消された[2]。
引退後は乗馬となり、滋賀県東近江市の忍者ホースクラブ[2]を経て鹿児島県のホーストラストに移動[7]。忍者ホースクラブ時代には、同じクラブに繋養のギュスターヴクライらとともに休養馬の調教パートナーを務めたこともあった[3]。2018年より、引退名馬繋養展示事業の助成対象馬となった[8]。2021年に展示事業の助成対象からは外れているが、引き続きホーストラストで余生を送っている。
- 第12回中山グランドジャンプ表彰式