牧原大成

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1992-10-15) 1992年10月15日(33歳)
身長
体重
172 cm
72 kg
牧原 大成
福岡ソフトバンクホークス #8
2016年6月12日、福岡ヤフオク!ドーム
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県浮羽郡田主丸町(現:久留米市
生年月日 (1992-10-15) 1992年10月15日(33歳)
身長
体重
172 cm
72 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 内野手外野手
プロ入り 2010年 育成選手ドラフト5位
初出場 2012年6月14日
年俸 1億5000万円(2026年)[1]
※2024年から3年契約(変動制)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
派遣歴
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本
WBC 2023年2026年
獲得メダル
男子 野球
日本の旗 日本
ワールド・ベースボール・クラシック
2023
WBSC U-21ワールドカップ
2014

牧原 大成(まきはら たいせい、1992年10月15日 - )は、福岡県浮羽郡田主丸町(現:久留米市)出身のプロ野球選手内野手外野手)。右投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。

育成ドラフトで入団した選手としての通算安打数の記録保持者かつ、初めての首位打者受賞者。

プロ入り前

福岡県浮羽郡田主丸町(現:久留米市田主丸町)に生まれる[2][3]。 久留米市立田主丸中学校時代は、久留米ボーイズに所属し主将を務め、3年時にホークスカップでチーム準優勝に導き、優秀選手に選ばれた[4][2]

熊本県の私立城北高等学校時代は、1年夏に同校が甲子園に出場したがメンバーから漏れ[2]、1年時の秋からベンチ入りした。2年時の春からは三塁手、秋からは二塁手に定着し、秋季大会では打率.429を記録するなど熊本大会準優勝に貢献した。3年時の夏、熊本県予選では先頭打者として活躍するも、準々決勝で東海大学付属第二高等学校の前に無安打に抑えられ敗退した。

2010年10月28日、プロ野球ドラフト会議にて福岡ソフトバンクホークスから育成5位指名を受け[5]、入団した。背番号129

ソフトバンク時代

WBC日本代表 (2023年3月16日、東京ドーム)

2011年ウエスタン・リーグで31試合に出場し、打率.271を記録[6]。オフにはオーストラリアン・ベースボールリーグに派遣され[7]、11月4日から12月2日までの14試合に出場した[8]

2012年は二軍戦49試合の出場で打率.283、6盗塁と結果を残し、6月11日に支配下選手登録をされた[9][10]。背番号は69に変更され、推定年俸は440万円[11]。6月13日に一軍へ初めて昇格すると[12]、翌14日の対中日ドラゴンズ戦の7回裏にアレックス・カブレラへの代走としてプロ初出場を果たした。6月にウエスタン・リーグで月間打率.347・3盗塁を記録し、6月度のファーム月間MVPを受賞[13]。7月19日に開催されたフレッシュオールスターゲームでは「9番・二塁手」で先発出場した[14]。この年は3度の登録抹消を経験し[15][16]、一軍では5試合全てに代走として出場した[17]。二軍では規定打席に到達し、82試合の出場で打率.277(ウエスタン・リーグ3位)、6三塁打(同1位)、12盗塁という成績を記録した[18]。オフには11月24日から12月22日まで台湾で行われた2012年アジアウインターベースボールリーグにNPB選抜として派遣され、20試合の出場で打率.375(56打数21安打)を記録し[19]、また二塁・三塁・遊撃の守備に就いて失策は0だった[2]。契約更改では200万円増となる推定年俸640万円でサインをした[20]

2013年は7月13日の対オリックス・バファローズ戦に「7番・一塁手」でプロ初の先発出場を果たし、プロ初打席も経験した[21]。この年は一軍で6試合に出場し、二軍では85試合の出場で打率.2957(ウエスタン・リーグ4位)、19盗塁(同1位)、8三塁打(同1位)を記録し[22]、11月26日のNPB AWARDSでウエスタン・リーグ最多盗塁として表彰された[23]

2014年は7月22日の対千葉ロッテマリーンズ戦に「9番・三塁手」で先発出場し、第1打席で古谷拓哉からプロ初安打を放った[2]。この年は一軍で11試合に出場し、二軍では91試合の出場で打率.374を記録。ウエスタン・リーグの首位打者を獲得し、シーズン120安打で同リーグ単独新記録も樹立した[24]。オフには11月7日から台中市で開催された第1回21U野球ワールドカップ日本代表に選出され[25]、主将にも任命された[26]。同大会には8試合に出場し、打率.455(33打数15安打)、4盗塁と活躍した。第1ラウンドは1番打者での起用だったが、第2ラウンドからは3番打者として起用され、11月13日の対チェコ戦と同15日のチャイニーズタイペイ戦では猛打賞を記録。決勝戦ではチャイニーズタイペイ代表の先発投手である郭俊麟から2安打を記録したもののチームは準優勝となった。11月16日に大会ベストナイン(遊撃手)、最優秀守備選手として表彰された[27][28]。11月26日のNPB AWARDSではウエスタン・リーグの首位打者に加え、同リーグの優秀選手賞としても表彰された[29]。契約更改では300万円増となる推定年俸1000万円でサインをした[30]

2015年の春季キャンプから外野守備に挑戦し[31]、起用の幅を広げたこともあり初の開幕一軍入りを勝ち取ると[32]4月5日の対埼玉西武ライオンズ戦に「2番・中堅手」で初めて外野手として先発出場を果たした[33]。同17日の対ロッテ戦ではスクイズを決め、プロ初打点を挙げた[34]。5月8日に登録を抹消されて以降[35]、再登録と抹消を2度経験したものの[36][37]この年は主に代走や守備固めで43試合に出場。打率.159と打撃に課題を残したが、オフに300万円増となる推定年俸1300万円で契約を更改した[38]

2016年は開幕一軍こそ逃したが、川島慶三の負傷離脱により4月6日に一軍昇格[39]。同10日の対オリックス戦、高校時代慣れ親しんだ藤崎台県営野球場で行われたこの試合に「7番・左翼手」でシーズン初の先発出場を果たし、シーズン初安打を放った[40]。4月27日に登録を抹消されて以降、この年も再登録と抹消を2度経験したが[41][42]、41試合の出場で打率.244を記録し、オフに現状維持の推定年俸1300万円で契約を更改した[43]。また12月14日に翌年からの背番号が前年まで明石健志が使用していた36に変更されることが発表された[44]

2017年は春季キャンプをA組でスタートし[45]、オープン戦も一軍に帯同したが、開幕は二軍スタートとなった。4月1日に腰痛で離脱した明石健志と入れ替わりでシーズン初昇格を果たすも[46]同28日に川﨑宗則の一軍昇格により登録を抹消[47]。6月3日には内川聖一が首痛で離脱したことを受け再び一軍へ昇格したが[48]、同5日に登録抹消されると[49]6月末に右肩を痛めてリハビリ組へ移行し、実戦復帰することなくシーズンを終えた[50]。この年は10試合の出場に留まった。

2018年は前年の右肩痛が半年以上良くならずリハビリ生活が続き、春季キャンプはB組、開幕は二軍スタートとなった[51]。7月8日にシーズン初昇格を果たし、同日の対オリックス戦に「8番・二塁手」で先発出場。マルチ安打を記録すると[52]、7月16日の対西武戦では大石達也からプロ初本塁打を放ち[53][54]、その後も先発出場で結果を残し続け、8月10日の対北海道日本ハムファイターズ戦からは「1番・二塁手」に定着した[55]。しかし9月27日の対西武戦、初回一死一・三塁の場面で三塁走者であった牧原は柳田悠岐の投ゴロで三本間に挟まれると相手捕手の森友哉と接触、その際に右足首を痛めてしまい負傷交代。検査の結果は「右前距腓靭帯損傷」[56]で翌日に登録を抹消され、早期復帰を目指したが、回復が思わしくなく日本シリーズの出場もならなかった[57]。この年は59試合に出場して打率.317、3本塁打、26打点と飛躍を遂げ、オフに800万円増となる推定年俸2000万円で契約を更改した[58]

2019年は4年ぶりの開幕一軍入り、さらには「1番・二塁手」で自身初となる開幕スタメンを勝ち取った[59]。しかし打撃が振るわず、4月22日の対オリックス戦で1番を外れ[60]、同28日の対日本ハム戦を腰の違和感で途中交代すると翌日の同カードでこの年初めて先発を外れた[61]。交流戦に入っても打率.214と不振が続き、6月2日に登録を抹消された[62]今宮健太の故障離脱により二軍では遊撃手としても実戦経験を積み、7月2日に再び一軍へ昇格[63]。主力に故障者が相次いだチームにおいてユーティリティー性が重宝され、自己最多となる114試合に出場し、レギュラーシーズン全体では打率.242、3本塁打、27打点という成績に留まった。シーズン終盤からポストシーズンにかけては攻守で存在感を見せ[64]CSでは打率.375[65]、西武とのファイナルステージ第3戦では十亀剣から2点本塁打を放ち[66]、2回に2点適時二塁打[67]、3安打に自身プロ初の4打点を記録した[68]読売ジャイアンツとの日本シリーズ第1戦では7回一死二・三塁の場面で田口麗斗から2点打を放った[65]。オフに倍増となる推定年俸4000万円で契約を更改した[69]

2020年は新型コロナウイルスの影響で120試合制の短縮シーズンとなり、開幕も6月にずれ込んだが「9番・二塁手」で2年連続の開幕スタメン入りを果たした[70]。しかし、開幕から17試合の出場で打率.125と振るわずベンチスタートが続くようになり、7月15日には右肩の張りで登録を抹消された[71]。8月20日に再び出場選手登録されてからは[72]従来の二塁・遊撃・外野に加えて三塁も守り、この年の失策は慣れない三塁での1個のみとユーティリティー性を発揮した一方[73]、出場77試合、180打席と前年から試合数・打席数ともに落とす成績となり、12月14日の契約更改交渉では球団からのダウン提示を保留[74]。同21日の2度目の契約更改交渉では球団側から「打って結果を出さないとそう簡単には上がらない」と打率.241、1本塁打、8打点に終わった打撃面の課題を指摘され、前回と同じ提示額である500万円減の推定年俸3500万円でサインをした[75]

2021年は同姓の牧原巧汰が入団したため、スコアボード上と報道上の表記が「牧原大」に変更された。3年連続で開幕を一軍で迎えたものの[76]、開幕スタメンは逃した。シーズン序盤は代走や守備固めでの出場が中心であったが、5月1日から交流戦開幕前の5月23日までの期間で打率.441と結果を残し[77]周東佑京の不振もあり交流戦に入ると先発出場が増加した。しかし「1番・二塁手」で7試合連続の先発出場となった6月3日の対横浜DeNAベイスターズ戦で左大腿部付近の張りを訴え、6回の守備からベンチに退くと[78]翌4日に登録抹消[79]。6月28日に一軍へ復帰し、同日の対西武戦に「2番・指名打者」で先発出場を果たしたが[80]、その後患部の状態が再び悪化。検査の結果、左大腿二頭筋の筋損傷と診断され、7月1日に再び登録を抹消された[81]。8月24日に一軍へ再復帰し、同日の対西武戦に「2番・中堅手」で先発出場を果たすと[82]、この試合から8試合連続安打を記録した[83]。後半戦はセンターのレギュラーとして出場を続け[84]、この年は故障の影響で98試合の出場に留まるも、二塁を20試合、三塁を15試合、遊撃を30試合、外野を55試合守り[85]、打率.278、4本塁打、21打点、得点圏打率.377を記録し、14盗塁で失敗は1回のみと走攻守でチームに貢献[84]。オフに1000万円増となる推定年俸4500万円で契約を更改した[86]

2022年、3月27日の北海道日本ハムとの開幕3戦目に先発出場し[87]、4月7日の対オリックス戦でシーズン初の猛打賞を記録する[88]。翌8日の対西武戦ではシーズン初本塁打となる2点本塁打を放った[89]。5月24日のセ・パ交流戦、対DeNA戦では、開幕から21試合連続で無失点を記録を継続していた伊勢大夢から左前適時打を放ちその記録を止めた[90]。5月26日時点で37試合の出場で打率.308、1本塁打、12打点の好調なスタートを切り[91]、7月3日にはその打率を.332まで引き上げた[92]。キャリア12年目で初めてオールスターゲームに選出され、7月27日に行われたオールスターゲーム・第2戦で「6番・二塁手」で先発出場し、マルチ安打を記録する[93]。8月2日の対日本ハム戦では自己最多のシーズン6本塁打を記録するが[94]、同月20日に新型コロナウィルスのスクリーニング検査で陽性の疑いがあり、規定により登録を抹消されて離脱を余儀なくされる[95]。一軍復帰は9月6日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦となるが[96]、9月12日の対西武戦で自己最多のシーズン100安打を達成[97]。レギュラーシーズンを自己キャリアハイの120試合出場、規定打席にあと2打席足りなかったが打率.301、123安打、6本塁打、42打点で終えた。シーズン終了後のファン感謝祭では、2023年シーズンより背番号を前年まで明石健志が使用していた8に変更されることが発表された[98]。オフに3500万円増の推定年俸8000万円で契約を更改した。

2023年はシーズン開幕前の3月1日に辞退した鈴木誠也の代替選手として[99]2023 ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)日本代表に選出された[100]。代走や外野の守備固めとして、全7試合中6試合に出場した。また、打席に立つ機会は限られていたものの、チェコ戦では途中出場で適時打を記録。ユーティリティ性を生かしてチームを支えた縁の下の力持ちは、決勝戦でも9回からセンターの守備固めで出場。歓喜の瞬間をグラウンドで味わった[101]。シーズンに入り4月27日の楽天戦で左太ももを痛め、左大腿二頭筋損傷と診断され登録抹消される[102]。1か月の離脱を経て5月27日に一軍に合流し、同日のロッテ戦で先発出場すると、シーズン第1号となる本塁打を放ち復帰を飾る[103]。6月6日のDeNA戦では、同点の9回二死の場面で適時打となる二塁打を放ち、自身初のサヨナラ打を決めた[104]。しかし、8月30日のオリックス戦で田嶋大樹が投じたカットボールが右手首付近を直撃して死球を受け、3回の守備から途中交代。検査の結果、右尺骨茎状突起剥離骨折、右尺骨茎状突起部骨挫傷と診断され、再び離脱しリハビリ組に合流することとなった[105]。そのままシーズン中の復帰は叶わず、最終的に91試合に出場し、打率.259、2本塁打、32打点という成績でシーズンを終えた[106]

2024年、22試合に出場し打率.280の成績を記録していたが[107]、4月28日の西武戦前の練習中に右脇腹を痛め出場選手登録を抹消され[108]、30日に右内腹斜筋損傷と診断された[109]。6月22日の二軍戦で実戦復帰すると、7月15日に一軍登録された[110]。8月1日の楽天戦(東京ドーム)で3回に左翼へ通算574安打目となる二塁打を放ち、岡田幸文の573安打を抜き育成出身選手の通算安打記録を更新した[111]。4月下旬に右わき腹を痛めた影響もあり78試合に出場し、最終的には打率.283、2本塁打、13打点の成績でリーグ優勝に貢献した[112]

2025年、5月18日の楽天戦で西垣雅矢から[113]と8月17日のロッテ戦で益田直也から[114]サヨナラ適時打を記録。8月にはチームの全24試合に出場し、リーグ最多の37安打のほか、同2位の打率.385、同3位の18打点を記録、自身初となる月間MVPを受賞した[115]。10月3日に規定打席に初めて到達した。最終的に418打数127安打でシーズン打率.304(パ・リーグ唯一の3割打者)とし、自身初のタイトルとなる首位打者を獲得し、リーグ連覇に貢献した[116]。育成出身選手による首位打者獲得は史上初だった[117]。故障者が続出した同年のソフトバンク野手陣の中では、開幕から日本シリーズまで一軍に同行し、1年間一軍に居続けたのは自身初であった。そのため日本シリーズ終了後も体の張りが取れなかったことから、11月開催予定の侍ジャパンシリーズの日本代表メンバーに選出されていたが、コンディション不良を理由に辞退した[118]ゴールデングラブ賞[119]ベストナイン[120]を初受賞した。MVPの投票ではリバン・モイネロフランミル・レイエスに次いで3位だった[121]

選手としての特徴

50メートル走のタイムが5秒8と俊足を武器としており[2]、2012年・2013年はウエスタン・リーグの三塁打1位を記録した。2018年シーズンは、一軍で4本の三塁打を記録し、三塁到達タイムは10.66秒と、この年のパ・リーグ唯一の10.6秒台を記録した[122]

体を小刻みに揺らしながらリズムを取る独特な打撃フォームが特徴[123]

端的に表すなら「早打ちのプルヒッター」である。初球から仕掛けて引っ張り方向にはじき返すスタイルの持ち主であり、初球打ちの打率は2018年シーズンでは9月10日時点で.525という驚異的な数字を記録している[124]。首位打者を獲得した2025年シーズンのボールゾーンスイング率(O-Swing%)44.27%はリーグ規定打席到達打者の中で最も悪く、同年に打率2位だったチームメイトの柳町達が16.03%で最も良い数値を記録していたこととは対照的であった[125]。同年の四球数はわずか7であり、四球数が1桁の首位打者は史上初である[126]。打球方向割合も年々右翼側が増えており、2021年には左・中・右がほぼ均等だったが、2025年には9月時点で右翼側が50.8%に達している[127]

直球への対応力、得点圏での勝負強さ、秘めたパンチ力も魅力である[128][129]

二塁手を中心に内野全ポジションから外野手までこなすユーティリティープレイヤーであり、高い身体能力を生かした鮮やかなプレーを見せる[123]。中学までは捕手としてプレーしていたこともあり、2019年のシーズン終盤にはポストシーズンを見据えて捕手の練習にも取り組んだ[130]

人物

2019年の4月10日の試合前に、ゲームスポンサーであるゼブラ社からフェルトペン「ハイマッキー」がチームへ500本贈呈され、「マッキー」のニックネームにちなんで牧原がセレモニーに登壇する一幕があった[131]

エース級の投手や勝負どころに強いことから、藤本博史に「ジョーカー」と命名されている[132][133]

ドラフト当日は「記者会見でかっこよく写りたい」との思いから眉毛を剃ったが、校則違反だったため監督から強い叱責を受け、うなだれながら記者会見に臨んだ[134]

高校時代は寮生活であり、カップ麺スナック菓子炭酸飲料が禁止されていた。ある日、牧原が部屋で袋麺タイプのチキンラーメンを食べており、目撃した同級生に注意されたが、「袋麺やからイイやん」と反論し、殴り合い寸前の喧嘩となった。その後、部員全員で緊急ミーティングが開かれ、最初は牧原がバッシングを受けたが、次第に「牧原が言うことも一理ある」と五分五分の展開に。翌日、その話が耳に入った監督から部員全員が集められ、「(そもそも)俺は禁止にしとらん」と一言。牧原の行動をきっかけにルール自体が存在しなかったことが分かり、その日から袋麺だけでなく、それまで禁止されていたカップ麺、スナック菓子、炭酸飲料の全てが認められることとなった[135]

私生活では2015年3月16日に入籍[136]。同年12月15日に女児が誕生したが[137]、2017年に離婚している[50]。2019年9月に再婚[138]

高校時代の1学年後輩にお笑いコンビカーネギー・さわとおるがいる[134]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2012 ソフトバンク 5003000000000000000----------------
2013 6762000000011000030.000.000.000.000
2014 1115131100010012000060.077.077.077.154
2015 4351446710084204200142.159.170.182.352
2016 41979015223002564051100150.244.250.278.528
2017 10330100010000000000.333.333.333.667
2018 5926424932791243108269332802332.317.341.434.775
2019 114436409379914231262710131211004852.242.267.308.575
2020 7718017025417215586142301252.241.256.324.579
2021 982922734176724992114171902425.278.305.363.668
2022 12044140945123184616742134931604715.301.331.408.739
2023 91387359409313121143232751115666.259.287.318.604
2024 78259240266874289136491801412.283.308.371.679
2025 12544341844127176517149124114703634.304.317.409.726
通算:14年 87828752683317737992526964228793474227312345430.275.297.359.657
  • 2025年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

WBCでの打撃成績

















































2023[139] 日本 5221100011000000000.500.500.500
2026[140] 4642100001000010030.250.400.250

年度別守備成績

内野守備


一塁二塁三塁遊撃
















































2013 ソフトバンク 170001.000256031.000--
2014 -341001.000421023.857-
2016 -223445311.963--
2017 681001.000102001.000--
2018 -571111770321.000-331001.000
2019 -59100134323.987-21254139.957
2020 -3732560161.000215912.9332638590211.000
2021 -202121071.000151510.857303853311.968
2022 -416887118.99418101951.8535521051.000
2023 -4479115218.990110001.000103021.000
2024 -74130183743.978--
2025 -104182257653.987--
通算 7151001.000464766108422224.98859194396.87386109178648.980
外野守備


外野












2015 ソフトバンク 3629020.935
2016 1281001.000
2017 120001.000
2018 10140001.000
2019 65862001.000
2020 360001.000
2021 5573211.987
2022 6492110.989
2023 551053001.000
2025 29531001.000
通算 3304681041.992

タイトル

  • 首位打者:1回(2025年)※育成出身選手としては史上初

表彰

国際大会
その他

記録

初記録
その他の記録

背番号

  • 129(2011年 - 2012年6月10日)
  • 69(2012年6月11日 - 2016年)
  • 36(2017年 - 2022年)
  • 8(2023年 - )

登場曲

現在の登場曲

[143]

過去の登場曲

[143]

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク

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