天満橋筋
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かつての町名
区間は大阪市北区の長柄東交差点(城北公園通交点)から中央区の天満橋交差点(土佐堀通交点)までの全長約3.0km。天満橋交差点で谷町筋に接続する。
樋之口町交差点(都島通交点)以北は都市計画道路「新庄長柄線」の一部区間、樋之口町交差点 - 東天満交差点(曽根崎通交点)間は大阪市道天満橋筋線、東天満交差点以南は大阪府道30号大阪和泉泉南線の一部区間に当たる。東天満交差点以北は片側2車線の計4車線道路、同以南は天満橋(橋梁)を除いて谷町筋と同じ幅員40m、片側3車線の計6車線道路で、地下にはOsaka Metro谷町線が走っている。
1872年(明治5年)に、天満側となる天満橋北詰の筋に天満橋筋という町名が誕生した。しかし、1878年(明治11年)に天満橋が上町側の谷町筋に接続する現在の架橋地点へ架け替えられた。このため、天満橋北詰の筋が天満橋筋の一筋西の空心町筋へ移ってしまった。
天満橋筋の町名はその後も残っていたが、1977年(昭和52年)から翌1978年(昭和53年)にかけて現在の町名に改編された。
