川浦博昭
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1994年、全日本ジュニア代表に選出。1997年及び1999年、ユニバーシアード代表として同大会に出場した。
全日本代表としては、1999年ワールドカップ、2002年世界選手権のほか、ワールドリーグに5大会、アジア選手権に3大会出場した。
2002年に、所属していた富士フイルム・プラネッツが廃部となり、移籍先がなかなか見つからず、一度は引退を覚悟したという。しかし、豊田合成トレフェルサに入団し、9年間プレーを続けた。Vプレミアリーグ2006-2007シーズンではスパイク賞・ベスト6を受賞した。2011年5月、黒鷲旗大会終了後に引退。引退後はチームスタッフに就任[1]。2012年から総務、2014年から2016年まで事務局長を務めた。