打越 (横浜市)
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施設
土地の用途は住宅が主であるが、丘の上に打越保育園や在日大韓基督教会横浜教会があり、町の南部には南区唐沢に本社を置く横浜植木の造園部門の事務所がある。切通しの西側で、猿坂と呼ばれる小道が分かれる付近には湧水「打越の霊泉」があり、明治時代にはフランス人実業家アルフレッド・ジェラールにより船舶への給水に供された[7]。関東大震災や横浜大空襲の際には多くの人命を救った。1973年5月に霊泉が整備され、碑が建てられた[5]。2016年に背後にマンションが建設され、工事中に霊泉に関係すると思われる貯水槽らしき遺構が発見されている[8]。その後、霊泉自体は残されているが、周囲の状況は大きく改変されている。

歴史
世帯数と人口
2025年(令和7年)6月30日現在(横浜市発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 町丁 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 打越 | 766世帯 | 1,359人 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 年 | 人口 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[13] | 1,160 |
| 2000年(平成12年)[14] | 1,056 |
| 2005年(平成17年)[15] | 1,418 |
| 2010年(平成22年)[16] | 1,538 |
| 2015年(平成27年)[17] | 1,440 |
| 2020年(令和2年)[18] | 1,381 |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 年 | 世帯数 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[13] | 511 |
| 2000年(平成12年)[14] | 487 |
| 2005年(平成17年)[15] | 633 |
| 2010年(平成22年)[16] | 693 |
| 2015年(平成27年)[17] | 666 |
| 2020年(令和2年)[18] | 710 |
学区
事業所
交通
1928年(昭和3年)に、山元町へ横浜市電を通すため切通しの道路(横浜駅根岸道路)が南北に造られ、町の南端に、切通しを渡り両側の街を結ぶ打越橋が架けられている。町の西端の遊行坂、東端の牛坂がそれぞれ町の北を流れる中村川方面へ下る。市電は1971年に廃止され、現在町内に鉄道駅はない。横浜駅根岸道路に町内会館前のバス停があり、横浜駅から伊勢佐木長者町駅前を経由し根岸台方面への横浜市営バス103系統、桜木町駅から伊勢佐木長者町駅前・麦田町を経由しみなと赤十字病院、本牧方面を結ぶフジエクスプレスの路線バスが利用できる。打越橋バス停からは桜木町駅から港の見える丘公園・井土ヶ谷駅前を経由し保土ヶ谷駅東口を結ぶ神奈川中央交通バス (YAMATE LINER) が運行されている。JR根岸線石川町駅も徒歩圏内である。
