江戸時代初期に橋本季景の次男実清が分家して創立した。公家としての家格は羽林家・旧家・外様。家禄は150石[注釈 1]。極位極官は正二位・権中納言であるが、寛文3年(1663年)に2代当主の季保が武家昵近衆に命じられると、文久3年(1863年)に廃止されるまで代々の当主が務めた。
明治維新後の明治2年(1869年)6月17日の行政官達で公家と大名家が統合されて華族制度が誕生すると梅園家も公家として華族に列した。明治17年(1884年)7月7日の華族令の施行で華族が五爵制になると、同8日に大納言直任の例がない旧堂上家[注釈 2]として8代当主実紀が子爵を授けられた。