水島慎一
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1949年(昭和24年)4月24日、富山県下新川郡朝日町生まれ[1]。失踪当時は富山県立泊高等学校の3年生であった[2]。身長は165ないし170センチメートルくらいで、体重は75キログラム程度、血液型は不明、右利きであった[1][2]。高校では野球部主将を務め、がっしりした体格で腕力には本人も自信をもっていた[1]。
1968年(昭和43年)2月9日は高校3年の学期末試験の最終日で、正午頃に帰宅し、午後2時頃、自宅から歩いて約5分の宮崎海岸で「バットの素振りをしてくる」と言って、野球のバットと漫画等の入ったバッグを持って外出したまま、行方不明となった[1][2][4]。高校卒業後は、家業に関連する水産会社への就職も決まっていた[1]。夕方5時を過ぎても家に帰らないので父と姉が海岸に行ってみると、波打ち際にバットがころがっていた[1]。当日の海はベタ凪であった[1]。水島慎一は遠泳の名手であり、海に溺れる心配はない[1]。