水島慎一

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生誕 水島慎一
(1949-04-24) 1949年4月24日(76歳)
日本の旗 日本富山県下新川郡朝日町
国籍 日本の旗 日本
みずしま しんいち

水島 慎一
生誕 水島慎一
(1949-04-24) 1949年4月24日(76歳)
日本の旗 日本富山県下新川郡朝日町
国籍 日本の旗 日本
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水島 慎一(みずしま しんいち、1949年昭和24年〉4月24日 - )は、富山県出身の特定失踪者[1][2]特定失踪者問題調査会では「拉致濃厚」(1000番台リスト)としている[3]1968年(昭和43年)2月9日、富山県にて失踪した[1][2][4]。失踪当時は18歳[1][2][4]

1949年(昭和24年)4月24日、富山県下新川郡朝日町生まれ[1]。失踪当時は富山県立泊高等学校の3年生であった[2]。身長は165ないし170センチメートルくらいで、体重は75キログラム程度、血液型は不明、右利きであった[1][2]。高校では野球部主将を務め、がっしりした体格で腕力には本人も自信をもっていた[1]

1968年(昭和43年)2月9日は高校3年の学期末試験の最終日で、正午頃に帰宅し、午後2時頃、自宅から歩いて約5分の宮崎海岸で「バット素振りをしてくる」と言って、野球のバットと漫画等の入ったバッグを持って外出したまま、行方不明となった[1][2][4]。高校卒業後は、家業に関連する水産会社への就職も決まっていた[1]。夕方5時を過ぎても家に帰らないので父と姉が海岸に行ってみると、波打ち際にバットがころがっていた[1]。当日の海はベタ凪であった[1]。水島慎一は遠泳の名手であり、海に溺れる心配はない[1]

特定失踪者問題調査会2004年平成16年)1月29日富山県警察告発状を提出している[1]

類似事件

水島慎一、今井裕(失踪場所、青森県弘前市)、斉藤裕(同、北海道稚内市)、大屋敷正行(同、静岡県沼津市)の4人については、すべて高校生で1968年から1969年の間に失踪しているところに共通点がある[4]。うち、今井、水島、斉藤の3人はいずれも18歳の高校3年生で、就職が決まり卒業を目前に控えてい た[4][注釈 1]。また、斉藤と東京都内の高校2年生(当時16歳)だった大屋敷正行の2人は北朝鮮での目撃証言がある[4][注釈 2]。この4件について、事件の類似性や他の失踪理由(家出心中自殺など)が存在しないことなどから、特定失踪者問題調査会では拉致の可能性が高いと判断している[4]

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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