汪惟勤

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汪 惟勤(おう いきん、生没年不詳)は、モンゴル帝国に仕えたオングト人。鞏州塩川鎮の出身。

汪惟勤は金朝からモンゴル帝国に降って「鞏昌二十四城」の支配を認められた汪世顕の孫、帝位継承戦争・南宋領四川での戦闘で多くの功績を残した汪良臣の息子として生まれた[1]

1302年(大徳6年)には陝西行省平章イェスデル・湖広行省平章劉国傑の指揮下に入って亦乞不薛討伐に従事したとの記録がある[2]

鞏昌汪氏

脚注

参考文献

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