本部の所在地は滋賀県大津市長等一丁目[4]。高山誠賢を総長とし、準構成員を含めた人員総数は50から60[6]。名古屋の弘道会との強い結び付きを有すると見られている[6]。高山誠賢総長は2010年の暮れ頃に、二代目弘道会会長・髙山清司とともに恐喝容疑で逮捕されている[7]。捜査関係者によれば、弘道会は淡海一家を通じて京都への進出を図っていた[8]。これらの京都市の土木建築業者への恐喝事件などで2013年1月、総長の高山誠賢は懲役10年の求刑を受けるに至っている[9]。
高山誠賢は、この間に腎臓病が悪化し、京都府立医科大学病院で生体腎移植を受けた。2015年6月に最高裁で上告が棄却されて懲役8年の実刑が確定したが、京都府立医科大学病院から健康状態に懸念があるとする診断書が出され、大阪高検は刑事訴訟法などの規定に基づき、刑の執行停止を決めて刑務所への収容を見送っていた。しかし、京都府警が高山誠賢元被告の身辺を改めて調べたところ、実際には服役が可能なほどの健康状態だったとの疑いが強まり、京都府警は、実際の容体とは異なる診断書が作成された疑いもあるとみて、京都府立医科大学附属病院などの家宅を強制捜査する一方、2017年2月14日には高山誠賢総長自身が京都地方検察庁に出頭し収監された。
2023年8月4日、大阪刑務所から淡海一家高山誠賢総長が出所した。
2024年9月30日、高山誠賢総長が会津小鉄会八代目を襲名。淡海一家は六代目山口組を離れ、八代目会津小鉄会の二次団体となった[10]。初代若頭だった上野隆が淡海一家二代目を継承し、八代目会津小鉄会本部長に就任した[11]。
高山誠賢が六代目山口組から離脱し会津小鉄会に移籍に伴い、淡海一家も同時に六代目山口組から離脱し会津小鉄会に移籍したことから、淡海一家本部の使用禁止が解除された[12]。しかし、2026年1月現在、大津市は、六代目山口組関連施設はなくなったものの、警戒区域は解除されていないままである[12]。