大同会
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初期の活動
1984年(昭和59年)6月、山口組四代目の跡目継承人事に不満を抱く、山本広を中心とした勢力が山口組を離脱し、一和会を結成する。一和会側に属していた森尾卯太男は、当時自らの組織として東竜会を率いていた。一和会が解散すると大同会に改称し、鳥取県米子市を拠点に独立組織として活動していた。
五代目山口組に帰参
1990年(平成2年)、森尾が三代目山健組組長・桑田兼吉から舎弟盃を受ける。これに伴い、大同会は山健組傘下となり、五代目山口組の三次団体となった。
2005年(平成17年)11月、森尾卯太男が内部昇格で六代目山口組の直参に昇格する[1]。大同会は六代目山口組の二次団体となった。
2015年の山口組分裂騒動以降も、大同会は六代目山口組に残留しており、2020年(令和2年)5月には大同会幹部が神戸山口組系池田組(当時)の最高幹部を銃撃する事件が発生するなど、抗争への積極的な関与が認められる。