米野町 (名古屋市)
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字一覧
現在は鉄道敷地や中川運河の河川用地に一部を残すのみとなっている[2]。かつての町域は米野駅(近畿日本鉄道名古屋線)を中心に、東は東海道新幹線、西は愛知県道115号津島七宝名古屋線、南は大須通、北は太閤通(愛知県道68号名古屋津島線)に囲まれたあたりである。
米野町の小字は以下の通り[3][4]。消滅した字については背景色 で示す。
| 字 | 字 |
|---|---|
| 板海道(いたかいど) | 居屋敷(いやしき) |
| 後ロ(うしろ) | 金山(かなやま) |
| 上西宮神(かみさいぐうじん)[注釈 1] | 上角田(かみすみだ)[注釈 2] |
| 上平池裏(かみひらいけうら) | 北田面(きたども) |
| 郷前(ごうまえ) | 塩田(しおた) |
| 下角田(しもすみだ)[注釈 3] | 下流(しもながれ) |
| 下平池裏(しもひらいけうら) | 高道(たかみち) |
| 茶ノ木島(ちゃのきしま) | 頓ヶ島(どかしま) |
| 戸崎(とさき) | 中田(なかだ) |
| 長戸井(ながとい)[注釈 4] | 七畝割(ななせわり) |
| 西田面(にしども) | 西中田(にしなかだ) |
| 八反地(はったんち)[注釈 5] | 東出(ひがしで) |
| 深ノ川(ふけのかわ)[注釈 6] | 二ツ橋(ふたつばし) |
| 前田(まえだ) | 牧野裏(まきのうら) |
| 南西宮神(みなみさいぐうじん)[注釈 7] | 村内(むらうち) |
| 六ノ内(ろくのうち)[注釈 8] | 若宮裏(わかみやうら) |
| 若宮前(わかみやまえ) |
歴史
町名の由来
江戸期の愛知郡米野村を前身とする。正和5年(1316年)付『熱田太神宮領別納等注進状』に「薦野郷 愛智郡」とあり、鎌倉期には「薦野」(こもの)と称していたらしい[5]。天正年間の『信雄分限帳』には「米野の郷」「米野」とあり、戦国期には「米野」と書くようになっていたようである。
行政区画の変遷
- 1889年(明治22年)10月1日 - 愛知郡米野村が合併に伴い、同郡笈瀬村大字米野となる[2]。
- 1904年(明治37年)12月20日 - 町制施行に伴い、愛知郡愛知町大字米野となる[2]。
- 1921年(大正10年)8月22日 - 名古屋市編入に伴い、同市中区米野町となる[2]。
- 1930年(昭和5年)3月15日 - 中区長良町・露橋町・米野町・南区八熊町の各一部により、中区広川町が成立[6]。
- 1931年(昭和6年)10月1日 - 一部が西区編入により、同区米野町が成立[2]。
- 1933年(昭和8年)4月10日 - 中区米野町の一部を同区横堀町に編入する[7]。中区北一色町・米野町の各一部により、同区九重町として成立[6]。中区西日置町・米野町・露橋町の各一部により、同区明石通として成立[8]。中区米野町の一部により同区福住町[9]、同区百船町が成立[9]。
- 1934年(昭和9年)6月1日 - 中区米野町の一部が西区米野町に編入される[2]。
- 1935年(昭和10年)12月1日 - 中区米野町の一部が西区米野町に編入される[2]。
- 1937年(昭和12年)
- 1938年(昭和13年)
- 1939年(昭和14年)6月1日 - 中村区米野町の一部が同区熊野町[11]、郷前町[11]、権現通[11]、大正町[11]として成立。
- 1940年(昭和15年)
- 1941年(昭和16年)
- 1942年(昭和17年)1月15日 - 中村区米野町の一部を同区小栗通[6]に編入。
- 1949年(昭和24年)12月1日 - 中村区米野町および日比津町の一部が同区西米野町として成立[15]。
- 1950年(昭和25年)
- 1973年(昭和48年)11月10日 - 中村区米野町の一部より同区運河町が成立[2]。
※ その他、中川区広住町・運河通にそれぞれ編入されている[2]。