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線状降水帯

強い降水を伴う線状の雨域 From Wikipedia, the free encyclopedia

線状降水帯(せんじょうこうすいたい)とは、日本周辺で[1]集中豪雨発生時に気象レーダー画像や解析雨量分布によくみられる線状の降水域を指す用語[2]。次々に発生する発達した雨雲が線状に列をなして連なり、組織化して数時間から数十時間にわたってほぼ同じ場所にかかり続け、局所的に強い雨を持続的に降らせることにより、結果として土砂災害や低地での内水氾濫、河川からの外水氾濫など[3]の甚大な災害をしばしば引き起こす現象および原因の一つ[1]。

2017年7月18日、新潟県付近で国土交通省のXバンド雨雲レーダが捉えた線状降水帯。信濃川の中下流域に強い線状エコーの停滞が確認できる。

用語の定義と歴史

線状降水帯

日本の気象庁では、線状降水帯を「次々と発生する発達した雨雲(積乱雲)が列をなした、組織化した積乱雲群によって、数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することで作り出される、線状に伸びる長さ50–300km程度、幅20–50km程度の強い降水をともなう雨域」と定義し、天気予報等で用いる予報用語として採用している[4]。一方、専門家の間でもさまざまな定義が用いられており[4]、気象学の専門用語とみなされてはいるものの[5]、学術的に厳密な定義がなされた用語ではない[1][6]。前記の気象庁による量的な定義も厳密なものではなく[1]、「集中豪雨」と同様に統一的な定義はない[7][8]。ただし、気象庁が線状降水帯に関する気象防災速報(線状降水帯発生)を発表するにあたっては、その発生を判定する基準として、運用の便宜上、厳格な定量的基準が定められている[9](基準の詳細は後述)。このように「線状降水帯」は、防災上の観点から使われる用語としても役立てられている側面がある[3]。

1980年代後半に気象庁が全国20か所に展開する気象レーダーの観測データがデジタル化され、それらを重ね合わせて合成した全国規模の雨雲レーダーが運用されるようになった[10][11]。1990年代に入って、雨雲レーダーのデータにアメダスなどの雨量計で観測した降水量の観測値を加味して補正した1時間降水量(解析雨量)データが作成されるようになり[10][12]、大雨時の解析雨量分布の調査研究が進んだことから、線状の降水域(雨雲)の存在が知られるようになった[10][13]。そして2000年頃から、気象庁気象研究所のメソ気象研究者を中心に[14]、九州地方で発生する地形性の線状の降水系(後述)を対象として、「線状降水帯」という用語が使われ出した[7]。その後の研究により、九州以外や地形に起因しない線状の降水域の存在が複数確認され[7]、2007年に出版された研究者向けの教科書『豪雨・豪雪の気象学』の中で初めて、現在とほぼ同じ定義の用語として使用されたとされる[12][14][15]。気象研究所の報道発表資料で初めて用いられたのは、平成23(2011)年7月新潟・福島豪雨の際、その発生要因として示されたものである[12][16]。その後、平成26(2014)年8月豪雨による広島市の土砂災害の発生時にマスコミ報道で多く取り上げられ、広く一般にも認知されるようになった[12]。2022年6月からは気象庁が線状降水帯の予測を行うようになり、耳にする機会は多くなっている[17]。

「線状降水帯」の名は、集中豪雨発生時によくみられる線状の降水域という見た目の特徴に由来するが[2]、レーダーエコーが線状に見えた場合でも、寒冷前線などに伴って移動する線状の雨域(降雨バンド)は、線状降水帯を形成することはなく、通常この名称でよばれることはない[1]。他方で、小林 (2023)では、より概念を広く捉えて、「次々と発生した積乱雲が列をなすことで組織化された積乱雲群」で「線状という形態を満たすもの」を一般に線状降水帯とよび、広義の線状降水帯には、寒冷前線に伴う積乱雲列、スコールライン、マルチセル、バックビルディングなど、さまざまな環境条件による形態が含まれ、実際の積乱雲の構造も多種多様であると説明し、本来のバックビルディング型の積乱雲列を狭義の線状降水帯とよんでいる[18]。

なお、英語圏では「線状降水帯」に相当する適切な概念がないために英訳は定まっておらず[1][6]、レビュー論文(Kato 2020)では “senjo-kousuitai” と記載されている。

テーパリングクラウド

線状降水帯という用語が登場する以前[13]、気象衛星画像から確認できる細長く先の尖った雲の形状を指して、テーパリングクラウド(にんじん状の雲)という用語も、2010年頃の時点では日本において盛んに使用されていたが、2023年現在は気象用語としては使われなくなっている[19]。一地点で新しい積乱雲が次々と発生し、風下へ流され、発達するにつれ幅が広がっていく、その発生メカニズムはバックビルディングとよばれ、線状降水帯とメカニズムが一致している[20]。ただし、衛星画像を通して見えるのは積乱雲の雲頂部分(かなとこ雲)だけであり[21]、厳密な意味では線状降水帯とテーパリングクラウドは一致しない[22]。

現象の概説

線状降水帯の実体は、鉛直方向に発達した対流雲である積乱雲(セル[注 1])の組織化された集合体である[2][23]。水平スケールにして50–300km程度[24]のメソ対流系の一種とされ[2]、時間スケールは3時間を超える場合もある[24]。およそ20–200kmのメソβスケールに相当する[24]中小規模の大気現象であり、全体像は気象衛星から、内部構造は気象レーダーで捉えられる[25]。

その形態については、内部構造の違いにより、バックビルディング型、バックアンドサイドビルディング型、スコールライン型の大きく3つの型に分類される[26]。典型的なバックビルディング型の線状降水帯では、3–5個程度の個々の積乱雲(シングルセル)で線状の積乱雲群(マルチセル)を組織し、さらに複数の積乱雲群が連なることによって線状降水帯を形成する過程で、積乱雲→積乱雲群→線状降水帯という階層構造がみられる事例もある[27]。

形態と構造

線状降水帯の形態と維持メカニズムについて系統的な研究を行った瀬古 (2010)では、下節の3つの型が提案されている[26]。3つの型に共通する重要な点は、

  1. 降水域から発散する気流と下層インフローが収束して新しい対流セルを発生させること
  2. 対流セルが中層風により移動すること

で、維持メカニズムについて詳しくみると、

  1. 相当温位の高い下層インフローが対流セルの発散流と収束して上昇すること
  2. 1.の収束が降水帯から大きく離れないこと
  3. 降水が下層インフローによる高相当温位の気塊の供給を妨げないこと

の3点でも共通していた[28]。

バックビルディング型

主なメカニズムの図解
BB型形成を模式化したGIFアニメ
BB型の気流構造を示した3Dモデル
BSB型の気流構造を示した3Dモデル

バックビルディング(BB)型は、線状降水帯の代表的な形成過程の一つで[29]、対流の発生ポイントに吹き込んで大量の水蒸気を供給する下層風(模式図で示した水平方向の赤い矢印)と、対流セルをライン状に押し流す中層風(同じく水平方向の青い矢印)の風向が同じ方向なのが特徴である[30]。対流セルからの発散と流れ込む下層風とが収束(青い矢印と赤い矢印が合流)して[31][注 2]、下層風の上流側(風上側)となる降水帯の先端部に新しいセルが次々と発生し、それらが発達しながら降水帯に沿って下流側(風下側)に移動して雲列をなし[32]、進行方向前方のセルと組織化することにより、全体として線状降水帯を形成する[33]。進行方向の後方(バック)に背の高い積乱雲が次々と並び立つ(ビルディングする)ことから、この名が付いた[34]。降水帯の先端で発生した対流セルは風下側に移動して衰弱するが、また先端の同じ場所に新しい対流セルが発生する[35]。このように降水帯内部では対流セルが発生と消滅を繰り返して世代交代が進む一方で、降水帯全体としてみると、積乱雲の列が同じ場所に停滞する定常な状態となっているため、散逸構造の一種とも捉えられる[35]。その結果、積乱雲の発生地点の風下となる極めて局所的な線状のエリアで記録的な豪雨が続き、災害が発生する危険性が結果的に高まる[36]。バックビルディング型では、降水系全体の移動速度が遅いことも、しばしば集中豪雨の原因となる[35]。

過去に日本で確認された線状降水帯では、2014年8月20日に広島豪雨災害を引き起こした事例がバックビルディング型の典型例である[33]。過去には3時間で200mmを超える大雨をもたらし、1時間平均でも100mm以上の猛烈な雨を記録した事例も複数あった[37]。

バックアンドサイドビルディング型

バックアンドサイドビルディング(BSB)型は、中層風と下層風の風向が直交するのが特徴で[30][38]、対流は中層風の風上側(バック)で発生し[30]、対流セルは中層風で流されて風下側に移動するが[30]、下層風は積乱雲群の側面(サイド)から流入し[38]、対流セルからの発散と収束して、進行方向左側で新しい対流セルが繰り返し発生・強化される[30]。BSB型では積乱雲群が側面から流されながら移動するため、線状というよりも面的に広がった[39]、いわゆる「にんじん状の雲(降水域)」となりやすい[40]。

スコールライン型

スコールライン(SL)型は、熱帯域やアメリカ中西部で多く観測されるスコールラインと同じ特徴をもつ型で[41]、進行方向前面に発生する対流性の強い降水域と、後面に広がる層状性の弱い降水域とを併せ持つ[42][43]。積乱雲が数百キロメートルのスケールで弧状に並んだ形態をしたメソ対流系の一種で、降水帯の移動速度が速い点も特徴の一つである[43]。乾燥した中層風が下層風とは逆方向(後面側)から貫入する際に組織化し、降水帯は下層風に直交する方向に伸びる[44]。強い降水域は降水帯の前面に沿って連続的に分布する[44]。日本付近ではSL型の発生数は少ない[41]。

発生条件

線状降水帯が発生する条件は未解明の部分が多いが[45]、いくつかの条件が重なると発生しやすいことが知られている[46][47]。加藤 (2024)は、線状降水帯が発生するための必要条件として、次の4つを挙げている[48]。

  1. 「大雨の素」となる大量の水蒸気が継続して大気下層に流入すること
  2. 積乱雲が発生・発達するために、流入する空気が暖かく湿っていること
  3. 積乱雲が背高く発達するために、大気中層が湿っていること
  4. 複数の積乱雲が組織化するために、適度な鉛直シアが存在していること

また、Kato (2020)は、線状降水帯によるものと考えられる過去の複数の大雨事例から、その発生に必要な6つの量的な条件[47][49]を見出した[50]。

  1. 水蒸気供給: 500 m高度のFLWV(水蒸気フラックス量)≧150 gm-2s-1
  2. 対流発生: 500 m高度の空気塊を持ち上げたときのDLFC(自由対流高度までの距離)<1000 m
  3. 対流発達: 500 m高度の空気塊を持ち上げたときのLNB(EL)(浮力がなくなる高度(平衡高度))≧3000 m
  4. 上空の湿度: 500 hPaと700 hPa気圧面のRH(相対湿度)≧60%
  5. 上昇気流域: 700 hPa気圧面、400 km水平四方で平均したW(鉛直速度)≧0 m⋅s−1
  6. 鉛直シア: SREH(ストームに相対的なヘリシティ)≧100 m2s-2

1.は大雨をもたらす下層水蒸気を供給する条件を設定したもので、150 gm-2s-1の水蒸気フラックス量は、高度1 kmまで水蒸気の流入量が同値で継続し、その半分が幅30 kmの領域に雨として降って地上に落下したとき、1時間降水量が100 mmに近い値となるように設定した閾値である[50]。

2.と3.は積乱雲の発生しやすさと発達の条件として設定したものである[49]。3.は積乱雲の発達高度を想定したものではなく、大気中下層に暖気が流入した場合に積乱雲の発達が抑制されるケースを除外するための条件設定である[51]。

4.は上空の湿りを判断するための条件で、60%という閾値は熱帯域の積乱雲の発達条件とも整合する[51]。

5.はメソスケールの対流雲(積乱雲)の発生域の影響を除外して、総観スケールの上昇気流場を判断するために必要な鉛直流の速度を示したものである[51]。

6.は3次元の鉛直シア[注 3]の効果を評価するのによく用いられる、SREH(ストームに相対的なヘリシティ)という指数の設定値である[51]。

これら6つの条件の中でも、1.と2.は大雨の発生を診断する際に最も重要な気象要素の一つとされる[53]。

地形や地理的な影響

また、山岳地形によって空気塊が強制上昇すると、容易に対流が発生して大雨の発生を助ける要因となる[54]。そのため、前記の6つの条件を満たさない場合でも、線状降水帯による大雨が発生することがある[55]。たとえば、九州西岸では島嶼や半島、湾などの地形の影響で南西風が収束しやすく、同じパターンの線状の降水系が幾度も観測されている。また広く見た場合、地理的にも九州西岸、あるいは日本海側や太平洋側の一部は出水期に複数の水蒸気輸送風が合流しやすい場所がそれぞれ存在すると考えられる。それらの特定の線状降水域には、下記のように固有の呼称でよばれるものがある。

さらに見る 呼称, 走向 ...
命名された地形性の線状降水域[56][57][58][59][60]
呼称走向 おおまかな範囲出典
観測年月日 長さ 寿命備考/関連する災害等
近畿地方
淀川チャネル 南西–北東 大阪湾付近–大阪平野–淀川沿い–琵琶湖周辺 [61][62]
1988/9/11N/AN/A[63]
2003/4/8N/AN/Aバックアンドサイドビルディング型[64]
九州地方
五島ライン 南西–北東 五島列島付近–九州本島北岸付近 [65][66][67]
1998/6/26N/AN/A[68]
2001/6/19130–200km4時間[66]
2001/7/6150–250km3時間[66]
西彼杵ライン[a] 南西–北東 西彼杵半島付近– [65]
1998/6/26N/AN/A[68]
長崎ライン
(諫早ライン)[b]
南西–北東 長崎半島付近–(諫早湾)–有明海対岸(九州北部) [65][72][73]
1997/7/11100kmN/A諫早ライン[72][74][75]
1998/6/26N/AN/A長崎ライン[68][75]
天草ライン 南西–北東 天草諸島付近– [65]
1998/6/26N/AN/A[68]
甑島ライン 南西–北東 甑島列島付近–甑島北東側海上–長島付近とその後方 [76][77]
1997/7/9–10N/AN/A出水市針原地区土石流災害[78][79]
1997/7/11N/AN/A[74]
2002/7/170–80kmN/A[76][80]
2003/7/20N/AN/A水俣市土石流災害[59][81]
弁財天山ライン 南西–北東 弁財天山付近– [82]
2003/7/2040kmN/A山崩れ(菱刈町)[82][83]
注釈
  1. 北松浦半島を起点とするラインと併せて「西彼杵・北松浦ライン群」と定義した研究もある[69]。
  2. 長崎ラインの中でも諫早湾を通るものは特に「諫早ライン」とよばれる[70][71]。「諫早・長崎ライン」とよばれる例もある[56]。
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環境条件

前線の南側に流入する湿舌

線状降水帯の発生する環境条件を総観スケールでみると、梅雨期の日本付近には、太平洋高気圧に伴う温暖・湿潤な気団(小笠原気団)と、中国大陸からオホーツク海高気圧にかけての相対的に乾燥・寒冷な気団(オホーツク海気団)との間に風の収束帯が形成される[84]。この収束帯は梅雨前線帯[注 4]とよばれ、その南縁付近に水蒸気分布が濃く、大気の安定度が相対的に低い、東西に伸びた湿舌とよばれる舌状の形状をした湿潤域を形成する[86][87]。線状降水帯に伴う大雨は、この領域周辺で発生することが多いが、湿舌の有無に関係せず、なんらかの形で湿潤域があれば線状降水帯の発生の材料は整っていることになる[57]。大きな流れの中で、小さな線状降水帯が発生することもあるため、台風との遠隔作用ともされるアウターバンドの中に、実質的なバッグビルディング現象が発生し、線状降水帯となってしまうこともしばしばあるが、アウターバンド自体は本来線状降水帯ではない。

統計上の傾向

津口・加藤 (2014)と同じ客観的な抽出方法[88]を用いたKato (2020)によれば、1989年から2015年までの日本における集中豪雨事例のうち、線状降水帯がみられた事例[注 5]は約半数である[89]。降水系が移動する台風や熱帯低気圧本体の周辺では、集中豪雨に対する線状降水帯の割合は3分の1と小さくなり、反対に停滞前線付近では、その割合は最も大きく、3分の2を超える[90]。台風・熱帯低気圧本体周辺を除くと、集中豪雨事例の3分の2で線状降水帯が発生していることになる[90]。地方別にみると、東日本・北日本では集中豪雨に対する線状降水帯の割合は4割程度と小さいのに対し、四国や九州では6割を超える[89]。月別にみると、梅雨前線付近で大雨が頻発する時期で、なおかつ台風の影響が小さい6月では、集中豪雨事例に占める線状降水帯の割合は69%である[91]。特に、6月の停滞前線に伴う線状降水帯事例の割合は93%に達し、梅雨前線付近の集中豪雨のほとんどが線状降水帯によるものであることが統計的に示唆されている[91]。

より最近の気象研究所による過去事例の分析[注 6]によると、2009年から2023年までの15年間に日本では線状降水帯が計496回発生し、そのうち74.3%(369回)が夕方6時から翌朝9時までの夜間から早朝に発生していたことがわかった[92]。この事実は、気象庁が「明るいうちから早めの避難」を呼びかける理由の一つとなっている。時期別では、梅雨期から台風シーズンの6月から9月にかけてが416回と全体の83.8%を占め、月別では7月が157回と最も多かった[92]。

夜間の強化

夜間に多い理由は詳しくわかっていないが、吉田茂(気象研究所予報研究部)は過去、集中豪雨の領域に対しての研究として、対流圏下層を吹く「下層ジェット」の風速が夜間から早朝にかけて増大し昼間の2倍に達していることを指摘した。下層ジェットは水蒸気を効率よく運び、積乱雲の初期発生を助けている可能性がある。[93]また気体の放射過程により夜間海域における大気の相対湿度が増大し、下層の空気が凝結高度に達しやすくなるだけでなく、浮力で上昇中の飽和空気塊が周囲の乾燥した空気と混合してつぶれにくくなるに従って、対流雲が発生しやすくなるとされる。加えて先行して上層まで雲がある場合、雲頂から放射冷却によって気温が下がり、地上との気温差が増し小さいながら不安定度が増すこともあるが、影響は小さい。[94]

線状降水帯による大雨の主な事例

2017年7月5日、平成29年7月九州北部豪雨時の降水分布図。福岡・大分両県境付近に強い雨の領域がみられる。

強雨をもたらすバックビルディング型の線状降水帯は、特に梅雨期の九州地方で多いが、沖縄諸島から北海道まで、太平洋側と日本海側のいずれにおいても、線状降水帯が発生した事例がある[33]。以下に主な事例を示す。

さらに見る 降雨の名称または発生地域, 発生年月日 ...
バックビルディング型線状降水帯[注 7]による大雨の主な事例
降雨の名称または発生地域 発生年月日 最大3時間降水量 出典
mm 観測地点
平成5年8月豪雨(鹿児島県) 1993年(平成5年)8月1日182八重山 [96]
平成10年8月新潟豪雨 1998年(平成10年)8月4日161宝珠山 [96]
6.29豪雨災害(福岡県) 1999年(平成11年)6月29日126福岡 [96]
東海豪雨(愛知県) 2000年(平成12年)9月11日214名古屋 [96]
平成20年8月末豪雨(愛知県) 2008年(平成20年)8月29日240岡崎 [96]
平成23年7月新潟・福島豪雨 2011年(平成23年)7月29日167只見 [96]
平成24年7月九州北部豪雨 2012年(平成24年)7月12日288.5阿蘇乙姫 [96]
平成25年7月の島根県と山口県の大雨 2013年(平成25年)7月29日283須佐 [96]
平成25年8月秋田・岩手豪雨 2013年(平成25年)8月9日224.5鹿角 [96]
平成26年台風第8号に伴う沖縄本島の大雨 2014年(平成26年)7月9日177.5読谷 [96]
平成26年8月豪雨(広島県) 2014年(平成26年)8月20日209三入 [96]
平成26年9月11日豪雨(北海道) 2014年(平成26年)9月11日164.5千歳 [96]
平成27年9月関東・東北豪雨 2015年(平成27年)9月10日160.5五十里 [96]
平成28年梅雨前線豪雨(長崎県・熊本県) 2016年(平成28年)6月20日–21日196甲佐 [96]
平成29年7月九州北部豪雨 2017年(平成29年)7月5日220朝倉 [96]
平成30年7月豪雨(西日本豪雨)(高知県) 2018年(平成30年)7月8日263宿毛 [96]
令和2年7月豪雨(熊本県) 2020年(令和2年)7月4日205.5牛深 [96]
令和8年8月千葉豪雨 2026年(令和8年)8月13日189.5佐倉 [97]
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観測・予測と予報

2025年現在の観測・予想技術では、いつどこで線状降水帯が発生し、どのくらいの期間持続するかを事前に正確に予想することは困難とされている[45]。その理由として、気象庁は

  1. 線状降水帯の発生メカニズムには未解明の点が多いこと
  2. 線状降水帯周辺の大気の3次元分布を正確に把握するのが難しいこと
  3. 予想のための数値予報モデルに課題があること(物理過程式のみならず正確な初期値作成の限界やデータ同化の課題等)

の3つを挙げている[45]。

観測

豪雨を早期に予測するためには、雨が降り始めてから雨雲をレーダーで観測するのでは遅すぎるので、積乱雲が発生する前に大気下層に流入する水蒸気量をどれだけ正確に把握できるかが鍵となる[98][99]。線状降水帯による大雨のもととなる水蒸気は主に海上から補給されるため、特に海上の水蒸気量の把握が重要である[45]。しかし、水蒸気の観測は気象観測の中でも最も難しい技術の一つとされ[100]、大気中に含まれる水分量を詳細に把握することが課題とされていた。

その課題を解決すべく、防災科学技術研究所を中心とするグループが、水蒸気ライダー[注 8]とマイクロ波放射計[注 9]の地上観測網を九州に展開し[101]、従来のラジオゾンデによる高層気象観測(全国16か所で1日2回)よりも高密度の水蒸気観測網を2020年(令和2年)度から構築している[98]。

海上では、気象庁が2021年(令和3年)から全球測位衛星システム(GNSS)を活用した海上GNSS水蒸気観測を実施している[102]。2025年現在、同庁の海洋気象観測船「凌風丸」と「啓風丸」の2隻、海上保安庁の測量船4隻、および民間の船舶10隻の計16隻がGNSS観測に従事している[102]。この観測では、単位面積あたりの大気中に含まれる水蒸気量の指標の一つである「可降水量」を測定することにより、線状降水帯の発生原因となる海上での水蒸気の変化を把握する[102]。また、気象庁の海洋気象観測船ではGPSゾンデによる高層気象観測も実施しており、特に出水期には、多量の水蒸気の供給が予測される海域に移動して機動的に観測している[102]。

そのほか、地上デジタル放送波観測[注 10]や、洋上を飛行する航空機による水蒸気観測も行っている[101]。

現在運用中の静止気象衛星「ひまわり8号」および「ひまわり9号」が設計上の寿命を迎える2029年(令和11年)度の運用開始を目指している「ひまわり10号」では、大気中の水蒸気などの3次元的な観測を可能とする「ハイパースペクトル赤外サウンダ」を新たに搭載し、台風や線状降水帯をはじめとする気象現象の予測精度の飛躍的な向上を図る[103]。

なお、気象庁が運用する既存の気象レーダーについても、二重偏波ドップラー気象レーダー[注 11]への置き換えが、2019年(令和元年)度より順次、進められている[105]。

予測

気象要素の時間変化を予測し、種々の天気予報に活かすために[106]、気象庁はスーパーコンピュータを活用した数値予報モデルによる気象予測の計算を行っている[107]。3種類あるモデルのうち、それぞれ水平解像度が従来2kmの局地モデル(LFM)は雷雨、5kmのメソモデル(MSM)は集中豪雨を予測対象としている[108]。従来、線状降水帯による大雨の半日程度前からの呼びかけにはMSMが主に用いられていたが、2023年(令和5年)3月に線状降水帯予測に特化したスーパーコンピュータを導入したこと[109]に加え、翌年3月に更新した第11世代数値解析予報システムの運用開始にあわせて、LFMで計算可能な予測時間スケールを10時間から18時間に拡大する改善を施したことにより、線状降水帯の積乱雲をより詳細に表現できるLFMによる予測結果も呼びかけに利用することが可能となった[107]。2025年(令和7年)度末には、LFMの水平解像度が1kmに高解像度化されている[107]。

なお、発生条件の項で示した6つの条件は、線状降水帯そのものを予測するわけではなく、線状降水帯が発生しやすい領域を幅広に予測し、その発生の可能性を判断するためのものである[110]。したがって、当然のことながら予想の空振りは多数生じるが、線状降水帯による大雨発生の判断材料の一つとして、2016年(平成28年)5月30日から気象庁の予報現業で利用されている[110]。

線状降水帯発生情報

2024年9月21日、石川県に線状降水帯情報が発表された時の気象庁ウェブサイトの雨雲レーダー画像。赤色の楕円で囲まれている部分が当該雨域。

気象庁は2021年(令和3年)6月17日より[111]、「大雨による災害発生の危険度が急激に高まっている中で、線状の降水帯により非常に激しい雨が同じ場所で実際に降り続いている状況」で、線状降水帯が発生したことを解説する[112]「顕著な大雨に関する情報」の提供を開始した[111]。その後、2026年(令和8年)5月より情報名が「気象防災速報(線状降水帯発生)」に変わり、さらに2〜3時間前の事前予測として「気象防災速報(線状降水帯直前予測)」の提供も開始している[113][114]。運用には防災科学技術研究所が開発した線状降水帯自動検知システムを利用する[115]。

当該時刻、10分先、20分先、30分先のいずれかにおいて[112]、下記の4つの条件をすべて満たしたときに発表される[45][116]。

  1. 解析雨量(5kmメッシュ)において前3時間積算降水量が100mm以上の分布域の面積が500km2以上であること
  2. 1.の形状が線状(長軸・短軸比2.5以上)であること
  3. 1.の領域内の前3時間積算降水量最大値が150mm以上であること
  4. 1.の領域内の土砂キキクル(土砂災害の危険度分布)において土砂災害危険警報(警戒レベル4)の基準を超過(かつ土砂災害特別警報〈警戒レベル5〉の土壌雨量指数基準値への到達割合8割以上)または洪水キキクル(洪水災害の危険度分布)において警報基準を大きく超過している(大雨危険警報〈警戒レベル4〉以上である)こと

1.と2.は形状の基準、3.は雨量の基準、4.は危険度の基準を示している。現行のシステム上、これらの条件を満たせばバックビルディング型線状降水帯ではなくとも検知されてしまう(地形性の停滞性降水、台風等)という欠点はあるが、危険な大雨を捕捉できること自体が防災上重要であるため、十分に役立つ情報といえる。

2022年(令和4年)6月1日以降、線状降水帯半日前予測(気象情報)を「気象解説情報」として提供開始し[117][118]、2023年(令和5年)5月25日からは、最大で30分先までの予測が発表されるようになり[119]、2024年(令和6年)5月27日には、発表区分が府県単位に細分化された[120]。しかし、府県単位での呼びかけにおいて、2024年度の実績では適中率・捕捉率ともに運用開始前の想定を下回っている状況にある[121]。2026年(令和8年)5月には前述の通り、気象防災速報(府県単位)として2〜3時間前の事前予測に当たる「線状降水帯直前予測」の運用が開始された[114](後節も参照)。

気象庁は中長期的な情報提供体制の改善について、線状降水帯を含む大雨の可能性を伝える補足情報として、2029年(令和11年)までに市町村単位での危険度を危険度分布の形式で把握できるよう、半日前からの予測情報提供を目指すとしている[119]。

線状降水帯直前予測

気象庁は、2026年(令和8年)5月28日から運用を開始した「新たな防災気象情報」へのシステム切り替えに合わせて、線状降水帯が発生する危険性が高まった際に発生の2~3時間前を目安に、対象となる区域とともに気象防災速報(府県単位)として発表する新しい文章情報「線状降水帯直前予測」の運用を開始した[114][122][123]。実際に線状降水帯が発生しなくとも、その場所で直近3時間降水量が100ミリを超える大雨になる可能性が高くなっていることを表すという留意が必要であり、性質上、場合によっては直前予測の発表から間を置かず発生情報へ至ってしまうことも可能性としてあり得るとしている[124]。

線状降水帯予測マップ

気象庁は、2026年(令和8年)5月下旬に開始した線状降水帯直線予測の情報運用と同時に、3時間以内に線状降水帯による大雨のおそれがある領域を示した「線状降水帯予測マップ」をメッシュ表現で地図上に描画し、視覚空間的に情報提供及び防災判断を補助することを目的としたシステムの運用を開始した[122]。物理モデルや気象条件判定、AI等による気象パターン検出に基づく予測ではなく、速報版解析雨量と速報版降水短時間予報による3時間先までの降雨や土砂・洪水・浸水の危険度の実況から推定される予測に基づいて算出されたものを、約 20km 格子で示す分布情報となる[125]。

調査・研究・問題の本質

線状降水帯の構造やメカニズムに関しては、未だ解明されていない謎が多いものの[17]、さまざまなアプローチによる研究が試みられており、その理解が進んできているが、問題は多い[26]。

日本の複数の研究機関は2019年から線状降水帯に関する発生機構解明研究や包括的観測プロジェクトを共同でスタートさせている[126]。主に九州や関東、西日本全域を研究フィールドとして選定し2023年まで行う。

具体的には下層や中層の水蒸気を観測する「水蒸気ライダー」「マイクロ波放射計」「地デジ波水蒸気観測」や雲の構造を3次元でスキャンする「MP-PAWR」、水滴の形状や湿度を計測する「ビデオゾンデ」、洋上GNSSを搭載した海上観測船といった最新の観測設備を西日本に配備し線状降水帯の雲システムと物理過程を捉える。またGPMやひまわり9号といった気象観測衛星から得られる水蒸気データも利用する。Metop-CやAquaに搭載されている「ハイパースペクトル赤外サウンダ」のデータを大気鉛直の水蒸気分布の把握に利用できないか検討する。航空機からのゾンデ投下も実施する。マイクロ波散乱計から得られる海上風データは数値モデルに取り込む。

2025年以降は、海上ブイや水中グライダーによる海洋水温観測や塩分濃度測定、風ライダーなどの研究強化を行っている。[127]

民間気象会社のウェザーニューズは、線状降水帯が発生しやすい条件が揃ったかどうかを、面的に診断して可視化するソフトウェアを導入している[128]。またゲリラ雷雨解析の時代から培った「KN-Expert by LAPLACE」や超局地数値モデル、T-zeroシステムに統合しているIoT気象観測器などのデータと共に線状降水帯の発生予測に応用している。

大気の川

太平洋上で発生する「大気の川」のGFS数値モデル(NOAA提供)

グローバルスケールでみると、長さ数千キロメートル、幅数百キロメートルに及ぶ、地球の大規模な水蒸気輸送システムである「大気の川」とよばれる現象が、1990年代から観測されるようになっている[129]。「大気の川」は、熱帯から温帯低気圧に向かって多量の水蒸気を輸送する一帯で、湿舌に運ばれる水蒸気の給水源となっている[130]。最近の例では、令和2年7月豪雨や令和3年8月の大雨で、その存在が認められている[129]。線状降水帯とも密接な関係があると考えられており、この大きな流れの中で発生しやすいとされている[129]。アメリカ合衆国では、ハワイ諸島周辺からカリフォルニア州へと水蒸気が輸送される「パイナップルエクスプレス」がこれに相当するとみられている[要出典]。局所スケールでは、風の収束やその他条件の一致が"原因"で線状降水帯が発生するトリガーが発動すると言われるが、大きなスケールで見た場合、その場所で収束が発生することは実際には”結果”である可能性もあるため、因果逆転の可能性も視野に入れながら調査研究を進めていくことが重要である。

発生報告が増えている原因

収束線が発生するパターン

線状降水帯自体は昔から発生しているが線状降水帯、特にバックビルディング型の降水形態の発生報告が増えている要因としてはいくつか挙げられる。一つはアメダスや気象レーダーといった観測体制の充実によるものである。また統計解析ができるほどデータの分析手法が高度化したことも要因の一つである。

実際に線状降水帯そのものの発生頻度が増えているという統計解析は無いが、仮に増えている場合は地球温暖化による海面水温の上昇に伴う水蒸気の蒸発量の増加と気温上昇による飽和水蒸気量の増加(及びそれに伴う水蒸気フィードバック)が線状降水帯の発生を助けている要因の一つと考えられる。また、降水系の動きが遅く、停滞して災害をもたらすような現象が増加している場合も何らかの気候変化が影響していると考えられ、仮説と調査検証が求められる。物理的事実及び条件付きの推定量としては

  1. 海水温が1℃高くなると時間あたりの蒸発量は条件次第で10%増加する[注 12]
  2. 気温が1℃上がると、その空間の飽和水蒸気量は約6%上昇する[注 13]

エアロゾルと呼ばれる大気汚染物質の微粒子の一つも雲の発生しやすさ(凝結核)に関与するが、大雨の極端化に相関するかは不明である。

気温上昇と停滞性降水

線状降水帯の危険な特徴としては、その形状そのものよりも、同じ場所で積乱雲が湧き続けることが問題であるとされる。形状はあくまで積乱雲が流された結果として現れるものだからである。温暖化により下層の気温が上昇すると、その場所に含みうる水蒸気量の上限が引き上げられる。すると雨が降っても雲の材料供給がすぐには止まらず、長時間雲の発生条件が解消されにくくなる。温暖化が仮に進みすぎた気候場においても、同じ大気循環で、その中を運ばれる水蒸気の絶対量や貯蔵量が上昇しながらも、それを雨に変換する上昇流・収束・対流のトリガーがなければ基本的には雨にならない。「水蒸気はある→だが上昇する場所がない→雨にならない」が成立するが、一度雨に変換するシステムが立ち上がれば、貯め込んでいた水蒸気を一気に吐き出すような降り方になるという説明ができる。よってこのような状況設定では「降る場所では極端に降る一方、少し離れるとほとんど降らない」という空間的コントラストが大になる可能性が示唆され、それが線状降水帯といった現象として一つ現れているにすぎないとも考えられる。海面や対流圏全体が暖かい場合では、よく"台風の発達が本当に強化されるのか"どうか、学術的にも議論が分かれることがしばしばあるが、台風自体が強くない場合でも、その遠隔作用で水蒸気輸送が強化されれば、台風と関係が無い場所で大雨が増えることは十分にあり得る。

なぜ”そこ”で発生し、あるいは発生しないのか

しばしば線状降水帯が発生してしまった際、その後の分析において大きな視点で「暖湿流、上空寒気、シアーライン、地形、海面水温」といった原因や条件によるものと説明がなされることがあるが、あくまでそれらは後付けの説明になってしまい、なぜそこで、そしてもっと位置ずれが発生するわけでもなく、”その場所”なのかという説明の限界が発生する。条件が整っていれば他の場所でも発生し得るわけだが、この説明の難しさは、ゲリラ豪雨の予測の難しさと共通する。初期の雲システム発生のきっかけや停滞に寄与する風のバランスは予測が難しく、なぜを追求することが原理的に困難であり発生事例ごとに切り分け”どのように”を突き止めることが重要である。一つの事例として、先に内陸部で発生した先行降水による冷気塊が、既に条件が整っていた環境場の中で、継続的に暖湿流とぶつかり、対流を自己維持できる場所を自然選択的に探索してフィットさせたものがある。[要出典]

2022年12月27日に開かれた「線状降水帯予測精度向上ワーキンググループ」での報告[131]では、海面水温の前線によって下層大気の温度にも大きな変化が生じ、それにより大気下層の風の収束が強まり、積乱雲の発生に大きく影響している可能性が指摘された。

参考文献

脚注

関連項目

外部リンク

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