貨泉洞
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座標: 北緯39度01分02秒 東経126度02分41秒 / 北緯39.017283度 東経126.044824度 / 39.017283; 126.044824
貨泉洞(ファチョンドン)は朝鮮民主主義人民共和国黄海北道勝湖郡に所在する洞。貨泉一洞、貨泉二洞に分けられる。かつての貨泉里。
貨泉里は、かつては平安南道江東郡に属していたが1960年に金玉里・三青里とともに平壌直轄市勝湖区域に編入された。1967年に貨泉洞に昇格し、1995年に分割されて貨泉一洞・貨泉二洞が発足した。2010年に平壌直轄市の市域再編に伴い、黄海北道勝湖郡の一部となった。
北朝鮮鉄道省平徳線の貨泉駅(1939年開業[1])がある。また、北朝鮮からの難民や脱北者によって、最も恐れられている労働収容所の1つ、勝湖里強制収容所がある[注釈 1]。
アメリカ合衆国陸軍の脱走兵、チャールズ・ジェンキンス(拉致被害者曽我ひとみの夫。当時は独身)、ジェームズ・ドレスノク(のちルーマニア人拉致被害者ドイナ・ブンベアと結婚)、ジェリー・ウェイン・パリッシュ(のちレバノン人女性拉致事件の被害者シハーム・シュライテフと結婚)、ラリー・アブシャー(のちタイ人拉致被害者アノーチャ・パンジョイと結婚)の4人が1969年に大陽里から貨泉洞に移されて、1972年まで住まわされた[3]。ジェンキンスとドレスノクは1972年に立石里に移され、他の2人もそこから数キロメートル離れたところに家を与えられた[4]。
脚注
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注釈
- ↑ 在日朝鮮人のテノール歌手で1960年に北朝鮮に帰国した永田絃次郎がスパイ容疑で有罪判決を受け、この収容所に送り込まれたという噂がある。また、アムネスティ・インターナショナルが1994年6月に発表した北朝鮮の "political prisoner detention center(政治犯収容所)"に関するレポートでは、1990年に勝湖里収容所に収容されていた政治犯49人の中に、「高大基」の名の人物が含まれていたことが明らかになっており、この人物は、備考欄に「元在日朝鮮人」と記されており、年齢から見ても2児拉致事件(1974年)の拉致被害者高敬美・高剛の父親で元朝鮮総連幹部の高大基と同一人物である可能性が高いとみられる[2]。
出典
- ↑ 国分(2007)
- ↑ 特定失踪者問題調査会(代表:荒木和博)・特定失踪者家族会(代表:今井英輝) (2025年9月22日). “国連強制的失踪作業部会に提出したレポート(令和7年-2025-9月2日) 2-14”. 荒木和博. 2025年9月23日閲覧。
- ↑ ジェンキンス(2006)pp.82-85
- ↑ ジェンキンス(2006)pp.97-98
参考文献
- チャールズ・R・ジェンキンス『告白』角川書店〈角川文庫〉、2006年9月(原著2005年)。ISBN 978-4042962014。
- 国分隼人『将軍様の鉄道 北朝鮮鉄道事情』新潮社、2007年。ISBN 9784103037316。
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