1940年の大阪タイガース

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1940年の大阪タイガース(阪神軍)
成績
日本野球連盟2位
64勝37敗3分 勝率.634[1]
本拠地
都市 兵庫県武庫郡鳴尾村(現:西宮市
球場 甲子園球場
球団組織
経営母体 阪神電気鉄道
監督 松木謙治郎(選手兼任)
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1941 »

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1940年の大阪タイガース(1940ねんのおおさかタイガース)では、1940年シーズンの大阪タイガースの動向をまとめる。

この年の大阪タイガースは、松木謙治郎選手兼任監督の1年目のシーズンである。シーズン途中の9月、日米・日英関係の悪化から敵性語として英語を使用できなくなったことから「阪神軍」に球団名称を変更した。

当年及び近年のシーズン成績
成績 リーグ 平均得点 平均失点 開幕時監督
1940 レギュラー敗退2位64373.634
1939 レギュラー敗退2位63303.677

チーム成績

1940年日本野球連盟成績
順位球団勝率
優勝東京巨人軍76280.731--
2位大阪タイガース64373.63410.5
3位阪急軍61385.61612.5
4位東京セネタース563910.58915.5
5位名古屋軍58415.58615.5
6位イーグルス46544.46028.0
7位名古屋金鯱軍34637.35138.5
8位南海軍28716.28345.5
9位ライオン軍24764.24050.0

できごと

9月12日、甲子園庭球会館で『タイガース後援会』が発足。

選手・スタッフ

表彰選手

脚注

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