1962年シーズンのダラス・テキサンズ
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QBレン・ドーソンの加入
1962年シーズンのダラス・テキサンズは、レギュラーシーズンを11勝3敗という圧倒的な成績で終え、AFL西地区優勝を果たした。さらにプレーオフでは、リーグ3連覇を狙うヒューストン・オイラーズを破り、悲願の初優勝を飾った。
チームの運命を変えたのは、NFLから移籍してきたQB レン・ドーソンの獲得であった。ハンク・ストラムHCの教え子でもあったドーソンは、パス成功率61.0%(リーグ1位)、2,759ヤード、29TDを記録。 ドーソンの正確無比なパスと、1,049ランヤードを記録したエースRBアブナー・ヘインズ、さらに新人王に輝いたFB カーティス・マクリントンのトリオは、リーグ最強の攻撃陣を形成した。テキサンズは総得点(389点)、総失点の少なさ(233点)ともにリーグ1位という完璧な強さを見せつけた。
AFLチャンピオンシップ
12月23日、ヒューストンで行われたオイラーズとの決勝戦は、フットボール史に刻まれる壮絶な試合となった。 テキサンズは前半に17-0とリードを奪ったが、後半にオイラーズの猛追を許し17-17で延長戦へ突入。第1延長(OT)でも決着がつかず、試合はプロフットボール史上初となる第2延長(2OT)へ。最終的に、試合開始から77分54秒が経過した時点で、K トミー・ブルッカーが25ヤードのフィールドゴール(FG)を成功させ、20-17で劇的な幕切れを迎えた。この試合は当時の「プロフットボール史上最長試合」として記録された[2]。
栄光の影での移転決断
リーグ制覇という最高の栄誉を手にした一方で、オーナーのラマー・ハントは苦渋の決断を下していた。 ダラスでの人気争いにおいて、NFLのカウボーイズとの共存は不可能であると判断。優勝の熱狂が冷めやらぬ1963年2月、チームをミズーリ州カンザスシティへと移転させることを発表した。これにより「ダラス・テキサンズ」としての歴史は、この最高の1年を最後に幕を閉じ、新たな名「カンザスシティ・チーフス」としての歩みが始まることとなった[3]。