1998年シーズンのカンザスシティ・チーフス

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成績 7勝9敗
地区 AFC西地区4位
CON AFC11位
結果 レギュラーシーズン敗退
カンザスシティ・チーフス 1998
成績 7勝9敗
地区 AFC西地区4位
CON AFC11位
結果 レギュラーシーズン敗退
組織
オーナー ラマー・ハント
GM カール・ピーターソン英語版
HC マーティ・ショッテンハイマー
ホーム アローヘッド・スタジアム
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1998年シーズンは、カンザスシティ・チーフスのチーム創設39年目のシーズンであり、AFL時代を除きNFL29年目のシーズン。マーティ・ショッテンハイマー・ヘッドコーチの10年目で最後ののシーズン[1]

QBの併用と「マーティ・ボール」の限界

1998年シーズンのチーフスは、最終成績7勝9敗に終わり、AFC西地区4位に沈んだ。1989年のマーティ・ショッテンハイマー就任以来、初めて負け越しを記録し、1990年代を通じて維持してきた強豪としての地位に影を落とした。

最大の要因は、前年リーグ1位(平均14.5失点)を誇った守備の劇的な悪化である。1試合平均の失点数は22.7点まで跳ね上がり、リーグ22位へと急落した。それでも、LB デリック・トーマスは孤軍奮闘し、シーズン合計で12.0サックを記録。特に開幕戦となった9月6日のオークランド・レイダース戦では、一人で6.0サックを挙げる驚異的なパフォーマンスを見せ、自身が持つNFL記録(7サック)に迫る健在ぶりを示した[2]

攻撃陣では、QB エルビス・ガーバックリッチ・ギャノンの併用が、結果としてチームのアイデンティティを不透明にした。前年のプレーオフから続くQB論争の末、肩の強さを評価されたガーバックが10試合、機動力に秀でるギャノンが6試合に先発したが、状況に応じて両者が入れ替わる不安定な起用が続いた。

この優柔不断とも取れる采配と、前年に引退したマーカス・アレンの穴を埋めきれなかった得点力不足は、ショッテンハイマーが掲げる保守的な戦術「マーティ・ボール」への不信感を決定的なものとした。

ショッテンハイマー時代の幕引き

シーズンが進むにつれ、同地区ライバルのデンバー・ブロンコス(この年スーパーボウル連覇)に対して一度も勝てなかったことは、組織全体の閉塞感を象徴していた。

1999年1月、レギュラーシーズン終了直後にショッテンハイマーはヘッドコーチを辞任した。10年間で101勝を挙げ、チーフスを「常に勝てるチーム」へと変貌させた功労者であったが、ついにスーパーボウルの地を踏むことなくアローヘッドを去った。これは、カンザスシティにおける一つの時代の終焉を意味していた。

直近のチーム成績

チーフス の当年及び近年のシーズン成績
成績Con地区地区ConSOSSOV平均得点平均失点
1998 レギュラーシーズン敗退11位4位790.4384-44-8.543.45520.422.7
1997 ディビジョナル敗退1位優勝1330.8127-19-3.484.44223.414.5
1996 レギュラーシーズン敗退7位2位970.5624-45-7.551.52818.618.8
1995 ディビジョナル敗退1位優勝1330.8128-010-2.470.45322.415.1
1994 ワイルドカード敗退6位2位970.5624-46-6.496.49319.918.6
1993 AFC決勝敗退3位優勝1150.6887-19-3.516.48920.518.2
1992 ワイルドカード敗退5位2位1060.6256-28-4.477.41921.817.6
1991 ディビジョナル敗退4位2位1060.6256-28-4.531.46320.115.8
1990 ワイルドカード敗退5位2位1150.6885-37-5.441.42023.116.1
1989 レギュラーシーズン敗退6位2位871.5313-56-7-1.494.45319.917.9
1988 レギュラーシーズン敗退14位5位4111.2812-64-9-1.500.58615.920.0

レギュラーシーズン

参照

外部リンク

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