エルハーブ
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戦績
アラブ首長国連邦のハムダン殿下の所有馬として、ダンロップ調教師の管理で、2歳の1993年7月30日にニューマーケット競馬場でデビュー。 デビュー戦は7着に終わり、3戦目で初勝利をあげ、5戦目で2勝目をあげた。 6戦目で重賞初出走となったG3ホーリスヒルステークスは3着で、2歳時は6戦2勝に終わった。
明けて3歳となった1994年は準重賞(リステッドレース)フェイルドンステークスに出走。これは2着に終わったが、ヨーク競馬場で行われたダービーの前哨戦(プレップレース)の1つであるダンテステークスをコースレコードで勝ち、一躍ダービーの本命候補に名乗りを上げた。 多くの産駒が短距離〜中距離を得意とする種牡馬ダンジグの孫ということで血統的な距離不安を唱える声もあったが、レースでは2着キングスシアターに2馬身1/4差をつけて快勝し、ダービー馬となった。
その後は古馬に挑戦するが、エクリプスステークスはエズードの3着に終わる。 そして、春の大一番キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスに出走するが、ダービーで負かしたキングスシアターから10馬身以上離された7着に敗れ、しかもレース中に故障していたことが判明し、そのまま引退となった。余談だが、最後のレースとなったキングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスには、ホワイトマズルに武豊が騎乗し、2着となった。
騎手は、全11戦中初勝利をあげた3戦目(W.ニューネス)を除いて、ウィリー・カーソンが務めた。
種牡馬として
血統表
| エルハーブの血統 | (血統表の出典)[§ 1] | |||
| 父系 | ダンジグ系 |
[§ 2] | ||
父 Chief's Crown 1982 鹿毛 |
父の父 Danzig 1977鹿毛 |
Northern Dancer | Nearctic | |
| Natalma | ||||
| Pas de Nom | Admiral's Voyage | |||
| Petitioner | ||||
父の母 Six Crowns 1976栗毛 |
Secretariat | Bold Ruler | ||
| Somethingroyal | ||||
| Chris Evert | Swoon's Son | |||
| Miss Charmie | ||||
母 Histoire 1979 黒鹿毛 |
Riverman 1969 鹿毛 |
Never Bend | Nasrullah | |
| Lalun | ||||
| River Lady | Prince John | |||
| Nice Lily | ||||
母の母 Helvite 1970黒鹿毛 |
Klairon | Clarion | ||
| Kalmia | ||||
| Heiress | Rockefella | |||
| Matial Air | ||||
| 母系(F-No.) | (FN:1-w) | [§ 3] | ||
| 5代内の近親交配 | Nasrullah 5×4、Nearco 5×5、Princequillo 5×5 | [§ 4] | ||
| 出典 | ||||
血統背景
- 父・チーフズクラウンはブリーダーズカップ・ジュヴェナイルをはじめアメリカでG1を8勝。代表産駒は本馬の他にチーフベアハート(ブリーダーズカップ・ターフ、種牡馬となってマイネルレコルト等の父。)
- 祖母Helvetieの孫(本馬のいとこにあたる)に輸入種牡馬のハーリー(1993年の京都記念勝ち馬パリスハーリーの父)、エーピーグランプリ(1993年のラジオたんぱ賞勝ち馬)がいる。