コマンダーインチーフ
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| コマンダーインチーフ | |
|---|---|
|
ハーリド・ビン・アブドゥッラーの勝負服 | |
| 欧字表記 | Commander in Chief |
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 鹿毛 |
| 生誕 | 1990年5月18日 |
| 死没 | 2007年6月12日(17歳没) |
| 父 | ダンシングブレーヴ |
| 母 | Slightly Dangerous |
| 母の父 | Roberto |
| 生国 |
|
| 生産者 | Juddmonte Farms |
| 馬主 | Khaled bin Abdullah al Saud |
| 調教師 | Henry R.A.Cecil(イギリス) |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 6戦5勝 |
| 獲得賞金 | 877,389ポンド |
コマンダーインチーフ (Commander in Chief、1990年 - 2007年)は、イギリスの競走馬である。デビューから2か月でエプソムダービーとアイリッシュダービーを制した。ヨーロッパで活躍した数少ないダンシングブレーヴ産駒の一頭。
生まれたのが遅く、その分ほかの馬に比べ成長も遅かったため、デビューは3歳4月までずれこむ。ここを6馬身差で圧勝すると、3連勝でエプソムダービーに挑むことになった[1]。しかし3勝目が苦戦したことや、鞍上のパット・エデリーにはテンビーという有力なお手馬がいたこともあり、騎手がマイケル・キネーンに代わっての参戦となった[2]。しかし、1番人気のテンビーは直線で失速し10着、一方2番人気のコマンダーインチーフは最後まで伸びを欠かず、父の成し遂げられなかったエプソムダービー制覇を達成した。
続いてアイリッシュダービーに出走。ここではジョッケクルブ賞の勝ち馬エルナンドとの対決が注目されたが、最後の直線で激しく競り合うと3/4馬身差でエルナンドを下した[3][4]。その後キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスに出走。コマンダーインチーフは並み居る強豪を抑えて1番人気に支持された。ところが、直線で早めに先頭に立ったもののオペラハウスにすぐに交わされ、さらには同じダンシングブレーヴ産駒でデルビーイタリアーノ優勝馬のホワイトマズルの追い込みの前にハナ差交わされ3着に敗れてしまう。このレースを最後に引退した。
種牡馬時代
引退後は、日本で種牡馬入りとなった[5]。優駿スタリオンステーションに繋養され、初年度からGIホースを送り出し、以後も芝・ダート問わず多くの重賞馬を出した。2007年6月12日、右後肢骨折により安楽死の処分が取られた[6][7]。後継種牡馬はスエヒロコマンダー、ラスカルスズカ、レギュラーメンバーなどがいる。
グレード制重賞優勝馬
太字はGI(またはJpnI)競走。
- 1995年産
- 1996年産
- ハギノハイグレイド(東海ステークス2回、アンタレスステークス)[11]
- イブキガバメント(朝日チャレンジカップ、鳴尾記念)[12]
- タマモヒビキ (小倉大賞典)[13]
- 1997年産
- 1999年産
- ミスイロンデル(兵庫ジュニアグランプリ)[18]
地方重賞優勝馬
- 1995年産
- ミヨノショウリ(上杉まつり賞)[19]
- 1996年産
- 1997年産
- 1998年産
- モーニングティー(坂東太郎賞、オールスターカップ)[24]
- 1999年産
- ミヨノグリフィン(すみれ賞)[25]
- 2002年産
- 2004年産
- 2005年産
- 2007年産
- ワイエスオジョー(福山プリンセスカップ)[30]
母の父としての代表産駒
太字はGI(またはJpnI)競走。
- 2003年産
- 2004年産
- 2005年産
- 2006年産
- 2007年産
- 2009年産
- 2010年産
- 2011年産
- 2012年産
- 2014年産
- 2016年産
- 2018年産
- ニジイロ(兵庫クイーンセレクション、東海クイーンカップ)-父トビーズコーナー[56]
- 2019年産
- 2021年産