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ハイライズ

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ハイライズ
品種 サラブレッド
性別 牡
毛色 鹿毛
生誕 1995年5月3日
父 ハイエステイト
母 High Tern
生国 アイルランドの旗 アイルランド
生産者 Sheikh Mohammed
Obaid Al Maktoum
馬主 Sheikh Mohammed
Obaid Al Maktoum
調教師 Luca M Cumani(イギリス)
→Saeed bin Suroor (UAE)
→Kiaran McLaughlin(アメリカ)
競走成績
生涯成績 13戦5勝
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ハイライズ (High-Rise) はイギリス(のちにアメリカ合衆国)の競走馬、種牡馬。1998年のダービーステークスに優勝するなど活躍し、1999年には日本のジャパンカップに出走して3着と健闘している。現役時代の終わり頃にはアメリカ合衆国に移籍した。

2歳・3歳時代

2歳になった1997年11月のデビュー戦を勝利で飾るが、その後2歳ではレースに出走せず、3歳になった1998年4月に2戦目を迎える。ここで危なげなく勝つと、次走のダービートライアルステークスも勝利し、ダービーステークスに駒を進める。レースでは、シティオーナズをクビ差しのいで優勝し、無敗でダービー制覇となった。その後、キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスに出走し、スウェインの2着と善戦。しかし、凱旋門賞ではサガミックスの7着と大敗する。

古馬時代

1999年、開けて4歳になったハイライズはドバイワールドカップ出走も8着と大敗する。立て直しを図るため準重賞に出走するも2着。チャンピオンステークスでは6着と、勝ちきれないレースが続いた。その後、ジャパンカップに出走し、抜け出したスペシャルウィークはとらえ切れず3着となるものの、その年の凱旋門賞馬のモンジューには先着した。

翌2000年も現役続行。ドバイでの一般競走に出走し、ダービー以来の勝利を収める。しかし、ドバイシーマクラシックではファンタスティックライトの3着となる。その後、アメリカに移籍する(アメリカの芝路線は、欧州で競走成績が今一つだった馬が多く走っている)が、マンハッタンハンデキャップで8着と大敗し、そのまま引退して種牡馬入りした。

競走成績

出走日競馬場競走名格距離着順騎手着差1着(2着)馬
1997.11.07ドンカスター未勝利S芝7f 1着R.フレンチ短頭(Volontiers)
1998.04.21ポンテフラクトバタークロスS芝10f 1着J.ウィーバー3馬身1/2(Generous Lobra)
1998.05.09リングフィールドダービートライアルSG3芝11f 1着L.デットーリクビ(Sadian)
1998.06.06エプソムダービーステークスG1芝12f10y 1着O.ペリエアタマ(City Honours)
1998.07.25アスコットKGVI&QEDSG1芝12f 2着O.ペリエ1馬身Swain
1998.10.04ロンシャン凱旋門賞G1芝2,400m 7着M.キネーン3馬身1/4Sagamix
1999.03.28ナドアルシバドバイワールドCG1D2000m8着L.デットーリ大差Almutawakel
1999.09.19ニューベリーアークトライアル準重賞芝11f 2着O.ペリエ3/4馬身Fantastic Light
1999.10.16ニューマーケットチャンピオンSG1芝10f 6着O.ペリエ2馬身1/2Alborada
1999.11.28東京ジャパンCG1芝2,400m 3着L.デットーリ0.2秒スペシャルウィーク
2000.02.24ナドアルシバドバイシティオブゴールド芝2,400m 1着L.デットーリ2馬身1/2(Breathtaking)
2000.03.25ナドアルシバドバイシーマクラシックG3芝2,400m 3着L.デットーリ5馬身Fantastic Light
2000.06.10ベルモントパークマンハッタンHGI芝10f 8着J.R.ヴェラスケス19馬身Manndar

評価

1998年のインターナショナル・クラシフィケーションにおいて、クラシックディスタンスでの世代最高値である127ポンドの評価を獲得した。しかしながら、この評価はクラシックディスタンスでの世代最高値としては史上最低のレートであり[1]、"A Century of Champions" においても「ハイライズは下位のダービー馬であった」と評価されている。

種牡馬

2001年より日本のレックススタッドにて種牡馬入りした。2003年は社台スタリオンステーション荻伏にて20万円で供用されたが種付頭数11頭[2]と不人気で、2004年にアイルランドへ輸出された。

血統表

脚注

外部リンク

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