ホエールボーン
From Wikipedia, the free encyclopedia
| ホエールボーン | |
|---|---|
|
| |
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 黒鹿毛 |
| 生誕 | 1807年 |
| 死没 | 1831年2月6日 |
| 父 | ワキシー |
| 母 | ペネロピ |
| 生国 |
|
| 生産者 | 第3代グラフトン公爵 |
| 馬主 |
(1) 第3代グラフトン公爵 (2) 第4代グラフトン公爵 (3) ロバート・ラドブローク (4) 第3代エグレモント伯爵 |
| 調教師 | ロバート・ロブソン |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 20勝(単走・マッチレース含む) |
ホエールボーン(Whalebone、1807年 - 1831年)とは、エプソムダービー(第31回 1810年)勝ち馬である。1826, 27年英リーディングサイヤー。馬名のホエールボーンは、英語で 「ヒゲクジラのひげ」 の意味。15ハンド2分の1インチ(約154センチメートル)しかない小さな馬だったと伝えられている。
父ワキシーもエプソムダービー(第14回 1793年)勝ち馬で、1810年リーディングサイアー。ポープ、ホエールボーン、ブルーチャー、ウイスカーと4頭のダービー馬の父である。母ペネロピは18勝もした名牝・名繁殖牝馬であり、ホエールボーン、その全弟ウイスカーと2頭のダービー馬、1000ギニー馬ウィズギグWhizgigと3頭のクラシック馬を輩出した。
1831年、Ogressという牝馬と交配した際に血管を破裂させたのが元で死亡した。
本馬はメールライン(サイアーライン)上では現在に繋がるタッチストン、バードキャッチャー、現在では滅びているものの一時発展したウェイバリーやディフェンス系等の分岐点に当る。エクリプス系の内、セントサイモン系を除く全てのサラブレッドの父系祖先ということになる。本馬はY染色体に突然変異(YE3領域に1塩基の欠失)を持っていたと考えられており、子孫はY染色体ハプログループ3に属する。すなわちゲノム解析により本馬の子孫を鑑別可能である。