ザ・キャッチ (野球)
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野球におけるザ・キャッチは1954年9月29日、1954年のワールドシリーズ第一戦の8回表で、ニューヨーク・ジャイアンツのセンターであったウィリー・メイズが披露したプレーである。プレーや場面、状況から野球史上最高のプレーとされている[1]。
1954年のワールドシリーズはナショナルリーグ側のチームは6年ぶりのワールドシリーズ出場となったニューヨーク・ジャイアンツとアメリカンリーグ側のチームは、ワールドシリーズ6連覇を狙うニューヨーク・ヤンキースを下して、3年ぶりワールドシリーズ出場となったクリーブランド・インディアンスが対戦することになった。下馬評ではヤンキースを下したインディアンスが有利という声が多かった。
試合
プレー
8回表のインディアンスの攻撃はラリー・ドビーが四球で出塁、続くアル・ローゼンのヒットで無死一、二塁とチャンスを作る。
ここで打席に立ったビック・ワーツがカウント2ボール1ストライクから打った打球はセンターのメイズの後方へ飛ぶ。
通常の球場であれば本塁打のようなあたりとなり、インディアンスが5-2でリードする場面であった。これで誰もがインディアンスが勝ち越し打を放ち、試合が決まったと思った。
しかしポロ・グラウンズの中堅は当時リーグ最で最も深い483フィート(約147m)と記されており[2]、この打球を浅い中堅を守っていたメイズが懸命の背走で追いホームベース方向をほとんど振り向くことなく、全速力のままボールの落下点に到達ボールをキャッチし、アウトを奪った。メイズがキャッチした場所は野球研究者によれば、450フィート(137.16m)から480フィート(146.304m)など情報の出典などで違いはあるが、少なくともホームベースから425フィート(130m)以内ではないと推定されている[3]。

グラブを大きく開いたメイズは肩越しに捕球後、メイズは即座に体を回転して二塁へ送球した。固唾を飲んで打球の行方を追っていた大観衆は、安打性の当たりがアウトになったことを悟り、大歓声をあげた。
二塁走者であったドビーは、捕球と同時にタッチアップをしていれば勝ち越しのチャンスを得ることができたかもしれない状況であった。しかし、実際には打球が飛んだ時点で走り出し、慌てて戻ってタッチアップを試みた。メイスの送球は二塁へ届き、クリーブランドは一死一・三塁のとなったであろうピンチを凌いだ。
その後、代打のデール・ミッチェル(英語版)を四球で歩かせ一死満塁としたが、代打のデーブ・ポブ(英語版)を三振、次のジム・ヒーガンをフライに打ち取り、この回を無失点で終えた。
その後
このプレーでインディアンスがリードを奪うことができず、10回裏にジャイアンツがダスティ・ローズのサヨナラ3ランホームランで勝利した。
その後、ジャイアンツは下馬評で有利であったインディアンスをスイープ(4連勝)し、21年ぶり5度目となるワールドシリーズ優勝を達成した。なおその後、ジャイアンツは2010年のワールドシリーズまで世界一になることはなかった。さらに、インディアンスはその後何度もワールドシリーズに進出したが、1948年を最後に優勝できていない。
メイズは「このプレーが今なお人々の記憶に残り、称賛されているのには3つ大きな理由があり、まず一つ目は背面走行しながらの捕球が素晴らしいプレーであったこと。2つ目はワールドシリーズのプレーであったこと。3つ目は全米でテレビ放送されたことだ」と述べている。
またワーツは後に「あの打球が三塁打かホームランになったら、みな私の事など忘れているだろう」と語っていたという。
現在のジャイアンツの本拠地サンフランシスコで行われた2007年のオールスターゲームでは、試合開始前のセレモニーにメイズが登場し始球式を行ったが、登場の際スクリーンには「ザ・キャッチ」の写真が映し出されていた。
2007年、イリノイ大学物理学者のアラン・ネイサンの計算によれば、、もし温度が76°F(24°C)ではなく77°F(25°C)だったら、ボールは実際より2インチ(5.1cm)も遠くまで飛んでいき、ウィリー・メイズの伸ばしたグローブの端にかすれてしまったかもしれない。 そのため、『ザ・キャッチ』は起こらなかったかもしれないと計算した[4]。
脚注
- ↑ Axisa, Mike (2014年9月29日). “Happy 60th Anniversary: Willie Mays makes 'The Catch'” (英語). CBS Sports. 2025年12月24日閲覧。
- ↑ “Opinion | Calling Willie Mays a ‘natural’ was to underrate his craft and smarts” (英語). Washington Post. (2024年6月19日). https://www.washingtonpost.com/opinions/2024/06/18/george-will-willie-mays-obituary/ 2025年12月24日閲覧。
- ↑ Editor (2010年10月25日). “The Catch - Circa 1954”. The Glory of Baseball. 2025年12月24日閲覧。
- ↑ “News | Engineering at Illinois | University of Illinois at Urbana-Champaign” (英語). www.engr.uiuc.edu. 2025年12月24日閲覧。
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