2003年のワールドシリーズ
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| 2003年のワールドシリーズ | |||||||
シリーズ優勝を記念して2004年1月にホワイトハウスを表敬訪問し、当時のアメリカ合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュ(前列右)と面会するマーリンズ一行。ブッシュと握手しているのが監督のジャック・マキーオン、ふたりの間で笑顔を見せているのが球団オーナーのジェフリー・ローリア | |||||||
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| シリーズ情報 | |||||||
| 試合日程 | 10月18日–25日 | ||||||
| 観客動員 | 6試合合計:36万4932人 1試合平均:6万822人 | ||||||
| MVP | ジョシュ・ベケット(FLA) | ||||||
| ALCS | NYY 4–3 BOS | ||||||
| NLCS | FLA 4–3 CHC | ||||||
| 殿堂表彰者 | イバン・ロドリゲス(FLA捕手) ジョー・トーリ(NYY監督) デレク・ジーター(NYY内野手) マイク・ムッシーナ(NYY投手) マリアノ・リベラ(NYY投手) | ||||||
| チーム情報 | |||||||
| フロリダ・マーリンズ(FLA) | |||||||
| シリーズ出場 | 6年ぶり2回目 | ||||||
| GM | ラリー・ベインフェスト | ||||||
| 監督 | ジャック・マキーオン | ||||||
| シーズン成績 | 91勝71敗・勝率.562 NL東地区2位=ワイルドカード | ||||||
| 分配金 | 選手1人あたり30万6149.92ドル[1] | ||||||
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| ニューヨーク・ヤンキース(NYY) | |||||||
| シリーズ出場 | 2年ぶり39回目 | ||||||
| GM | ブライアン・キャッシュマン | ||||||
| 監督 | ジョー・トーリ | ||||||
| シーズン成績 | 101勝61敗・勝率.623 AL東地区優勝 | ||||||
| 分配金 | 選手1人あたり18万889.71ドル[1] | ||||||
| 全米テレビ中継 | |||||||
| 放送局 | FOX | ||||||
| 実況 | ジョー・バック | ||||||
| 解説 | ティム・マッカーバー | ||||||
| 平均視聴率 | 12.8%(前年比0.9ポイント上昇)[2] | ||||||
ワールドシリーズ
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2003年の野球において、メジャーリーグベースボール(MLB)優勝決定戦の第99回ワールドシリーズ(英語: 99th World Series)は、10月18日から25日にかけて計6試合が開催された。その結果、フロリダ・マーリンズ(ナショナルリーグ)がニューヨーク・ヤンキース(アメリカンリーグ)を4勝2敗で下し、6年ぶり2回目の優勝を果たした。
マーリンズは1997年の前回優勝時も今回も、地区優勝できずワイルドカードとしてポストシーズンに出場し、そこからワールドシリーズを制した。ワイルドカードからの優勝2度は、1994年の制度創設以来マーリンズが初めて[3]。ただ、前回の優勝がボビー・ボニーヤやモイゼス・アルーら複数の大物選手を高額契約で迎え入れてのものだったのに対し、今回の優勝は新人のドントレル・ウィリスやミゲル・カブレラなどロースターのほとんどを若手選手で構成してのものと、チーム作りの過程は対照的だった[4]。この若手中心のチームを率いた監督が当時72歳のジャック・マキーオンで、今シリーズ優勝により彼はシリーズ史上最年長の優勝監督となった[5]。シリーズMVPには、優勝を決めた第6戦で完封勝利を挙げるなど、2試合16.1イニングで1勝1敗・防御率1.10という成績を残したマーリンズのジョシュ・ベケットが選出された。
両チームの2003年
10月15日にまずナショナルリーグでマーリンズ(東地区)が、そして16日にはアメリカンリーグでヤンキース(東地区)が、それぞれリーグ優勝を決めてワールドシリーズへ駒を進めた。
ホームフィールド・アドバンテージ
ワールドシリーズの第1・2・6・7戦を本拠地で開催できる "ホームフィールド・アドバンテージ" は今回から、その年のオールスターゲームで勝利したリーグの優勝球団に与えられることになった。これは、前年のオールスターゲームが延長11回引き分けに終わったことで批判を浴び、オールスターゲームの勝敗に意味を持たせることが必要になったためである[6]。
7月15日にイリノイ州シカゴのU.S.セルラー・フィールドで開催されたオールスターゲームは、アメリカンリーグがナショナルリーグに7-6で勝利した。この結果、アドバンテージはアメリカンリーグ優勝チームに与えられることになった。このオールスターには、マーリンズからは投手はドントレル・ウィリスひとり、野手はルイス・カスティーヨとマイク・ローウェルのふたりが選出された。一方のヤンキースからは、投手はロジャー・クレメンスひとり、野手はホルヘ・ポサダ、アルフォンソ・ソリアーノと松井秀喜、ジェイソン・ジアンビの4人が名を連ねた。試合では、お互いのチームの選手どうしの対戦はなかった。
アドバンテージは1995年から2002年までの8年間、奇数年はナショナルリーグ優勝球団に、偶数年はアメリカンリーグ優勝球団に、自動的に割り振られていた[注 1]。ある球団の本拠地で第1・2・6・7戦、もう片方の球団の本拠地で第3・4・5戦を行う、いわゆる "2-3-2方式" が1925年に初めて導入されて以来[注 2]、この交互に割り振る方式は一部の例外を続き、およそ80年にわたって続いてきた[7]。もしこの旧規則がもう1年長く採用されていた場合、今シリーズのアドバンテージはマーリンズに与えられていたことになる[6]。
両チームの過去の対戦
両チームの対戦はシリーズ史上初めて。1996年から2001年までの6年間で、ヤンキースはシリーズに5度出場している。この間に出場を逃した唯一の年が1997年で、マーリンズの球団史上唯一のポストシーズン出場・優勝がこの年にあたる。
1997年から始まったレギュラーシーズン中のインターリーグでは、7年間で計14試合が組まれており、ヤンキースが8勝6敗で勝ち越している[8]。直近の対戦は2001年7月にヤンキースの本拠地ヤンキー・スタジアムで3連戦が行われ、マーリンズが2勝1敗で勝ち越した。