ハットトリック (競走馬)

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欧字表記 Hat trick
性別
ハットトリック
2005年10月9日 東京競馬場 毎日王冠
欧字表記 Hat trick
品種 サラブレッド
性別
毛色 青鹿毛
生誕 2001年4月26日
死没 2020年8月3日(19歳没)
抹消日 2007年5月10日[1]
サンデーサイレンス
トリッキーコード
母の父 Lost Code
生国 日本の旗 日本北海道追分町
生産者 追分ファーム
馬主 (有)キャロットファーム
調教師 清水美波美浦北
角居勝彦栗東
競走成績
タイトル JRA賞最優秀短距離馬(2005年)
生涯成績 21戦8勝
中央競馬)19戦7勝
香港)1戦1勝
ドバイ)1戦0勝
獲得賞金 (中央競馬)2億3159万円
(香港)1億546万100円
WTRR 118M(2005年)[2]
勝ち鞍
GIマイルCS2005年
GI香港マイル2005年
GIII京都金杯2005年
GIII東京新聞杯2005年
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ハットトリック: Hat trick: 三連冠)は、日本出身の競走馬である[3]。引退後はアメリカ合衆国を中心に種牡馬として供用された。主な勝ち鞍に2005年香港マイルマイルチャンピオンシップがある。馬主のキャロットファームに重賞初制覇をもたらした。

馬名はサッカー用語で、1人の選手が1試合で3得点以上を挙げることを意味するハットトリックから来ている。

2004年5月8日東京競馬の未勝利戦(1600m)で柴田善臣を背にデビューし、2馬身差で勝利。続く500万下条件戦の牡丹賞も勝ち、7月のラジオたんぱ賞(GIII、芝1800m)で重賞初挑戦。2番人気に推されたが、9着に大敗する。その後、夏場の休養と転厩をはさみ、鞍上も武豊に乗り代わって自己条件のナリタブライアンメモリアル(1000万下条件戦)を快勝、続く清水ステークス(1600万下条件戦)も勝って、オープン入りを果たす。

年が明けた2005年京都金杯(GIII、芝1600m)で1番人気に応え重賞初制覇。続く東京新聞杯(GIII、芝1600m)も勝って重賞連覇を果たした。その後、マイラーズカップで9着と敗れると、安田記念毎日王冠天皇賞(秋)と掲示板にあがることも無く、苦戦を続けたが、名手オリビエ・ペリエを背にマイルチャンピオンシップを制覇、GIウィナーとなり、さらに冬の香港マイルでは大外から差し切り、海外GIを制した。そしてこのマイル戦4勝が評価され、同年のJRA賞最優秀短距離馬を受賞した。なお、馬名がサッカー用語のためサッカーボーイ産駒と勘違いされたのか、最優秀父内国産馬部門でも同馬への無効票2票が投票された。

2006年初戦は中山記念であったが12頭立ての11着と大敗を喫してしまう。そして2度目の海外遠征を行い、ドバイデューティーフリーに出走する。安田記念で敗れたアサクサデンエンには先着するが、それでも15頭立ての12着と完敗した。 さらに日本帰国後の安田記念では直線で躓く不利もあり、13着と大敗した。そして次の宝塚記念ではいつもより先行しての競馬を見せるが直線で伸びきれず7着に敗れた。さらに続く毎日王冠では12着、天皇賞(秋)では8着、マイルチャンピオンシップでも8着と敗れ、この年は一度も掲示板に載ることなく一年を終えた。

2007年、休養を挟んで出走したマイラーズカップでは直線で追い上げるも6着どまりだった。その後、安田記念を目指して調整を重ねていたが、アメリカウォルマックファームなどの海外から種牡馬としてのオファーに馬主のキャロットファームが応じ、5月8日に現役引退を発表、米国と南半球を半年ごとに行き来するシャトル種牡馬として第2の生活がスタートすることになった。

通算で8勝を挙げたが、勝ったレース以外は全て掲示板を外しており、二桁着順も5回記録するなど極端な成績を残している。

競走成績

以下の内容は、netkeiba.comの情報に基づく[4]

競走日 競馬場 競走名 距離(馬場) 頭数 枠番 馬番 オッズ

(人気)

着順 タイム

(上がり3F)

着差 騎手 斤量[kg] 1着馬(2着馬) 馬体重
2004.5.8 東京 3歳未勝利 芝1600m(良) 13 6 9 2.8(1人) 1着 1:36.9(34.1) -0.3 柴田善臣 56 (ダークフィールド) 496
5.29 東京 牡丹賞 500万下 芝1600m(良) 14 8 14 4.8(3人) 1着 1:34.0(32.9) 0.0 柴田善臣 56 (インセンティブガイ) 486
7.4 福島 ラジオたんぱ賞 GIII 芝1800m(良) 15 3 5 3.4(2人) 9着 1:47.9(34.5) 0.8 柴田善臣 55 ケイアイガード 474
10.24 京都 ナリタブライアンメモリアル 1000万下 芝1800m(良) 15 8 15 3.0(1人) 1着 1:47.0(33.2) 0.0 武豊 55 (エメラルドアイル) 496
11.13 京都 清水S 1600万下 芝1600m(良) 10 7 7 1.7(1人) 1着 1:33.5(34.1) -0.3 武豊 55 (シンデレラボーイ) 496
2005.1.5 京都 京都金杯 GIII 芝1600m(良) 16 1 2 1.6(1人) 1着 1:34.0(34.0) 0.0 武豊 54 (アルビレオ) 490
1.30 東京 東京新聞杯 GIII 芝1600m(良) 13 8 13 1.6(1人) 1着 1:33.7(32.9) -0.1 武豊 56 キネティクス 488
4.16 阪神 マイラーズC GII 芝1600m(良) 16 8 15 2.0(1人) 9着 1:34.3(34.1) 0.8 武豊 57 ローエングリン 484
6.5 東京 安田記念 GI 芝1600m(良) 18 8 18 12.9(8人) 15着 1:33.3(35.0) 1.0 四位洋文 58 アサクサデンエン 478
10.9 東京 毎日王冠 GII 芝1800m(稍) 17 5 10 16.2(8人) 9着 1:47.3(33.3) 0.8 蛯名正義 57 サンライズペガサス 488
10.30 東京 天皇賞(秋) GI 芝2000m(良) 18 2 4 35.7(11人) 7着 2:00.5(32.6) 0.4 O.ペリエ 58 ヘヴンリーロマンス 490
11.20 京都 マイルCS GI 芝1600m(良) 17 3 5 11.8(3人) 1着 1:32.1(33.3) 0.0 O.ペリエ 57 ダイワメジャー 496
12.11 沙田 香港マイル G1 芝1600m(良) 13 4 1着 1:34.8 -0.1 O.ペリエ 57 (ザデューク) 492
2006.2.26 中山 中山記念 GII 芝1800m(重) 12 5 5 6.1(3人) 11着 1:50.8(36.5) 1.9 O.ペリエ 59 バランスオブゲーム 492
3.25 ナドアルシバ ドバイデューティーフリー G1 芝1777m(良) 15 5 12着 1:51.9 2.3 O.ペリエ 57 David Junior 計不
6.4 東京 安田記念 GI 芝1600m(良) 18 3 6 9.7(7人) 13着 1:34.0(35.4) 1.4 岩田康誠 58 ブリッシュラック 486
6.25 京都 宝塚記念 GI 芝2200m(稍) 13 4 5 35.9(5人) 7着 2:14.6(36.8) 1.6 岩田康誠 58 ディープインパクト 492
10.8 東京 毎日王冠 GII 芝1800m(良) 16 6 11 15.4(7人) 12着 1:46.3(34.4) 0.8 岩田康誠 59 ダイワメジャー 492
10.29 東京 天皇賞(秋) GI 芝2000m(良) 16 6 12 44.3(14人) 8着 1:59.8(34.8) 1.0 岩田康誠 58 ダイワメジャー 494
11.19 京都 マイルCS GI 芝1600m(良) 18 4 8 13.3(6人) 8着 1:33.5(34.7) 0.8 岩田康誠 57 ダイワメジャー 504
2007.4.14 阪神 マイラーズC GII 芝1600m(良) 15 2 3 28.4(11人) 6着 1:33.1(33.3) 0.9 四位洋文 58 コンゴウリキシオー 494

種牡馬時代

引退後はアメリカに輸出された。日本国外で種牡馬となったサンデーサイレンス産駒は30頭以上いるが、ハットトリックはその中でも飛び抜けた競走実績を持つ馬であり、種牡馬成績も他馬とは隔絶したものとなった。なお、サンデーサイレンス産駒のG1馬のうち、種牡馬となったのは28頭いるが、ハットトリック以外の27頭は全て日本国内で供用されている(シャトル除く)。

2008年からケンタッキー州レキシントン近郊のウォルマックファームで種牡馬入りし、初年度種付料は1万5000ドル(当時約170万円)。ここを拠点にシャトル種牡馬として、オーストラリアのインディペンデントスタリオンズでも供用された。種付料は1万6500豪ドル(約100万円)。2009年の3月からはアルゼンチンのエルマリン牧場でも半年間のシャトル種牡馬として供用されたが、2010年の秋にウォルマックファームに戻った。

北米における種付け数は、2008年が120頭だったものの、受胎率が低く、2009年57頭、2010年32頭、2011年41頭と低迷した。初年度産駒が大活躍すると増加に転じ、2012年134頭、2013年124頭となった。しかしその後低下し、2016年は38頭となっている。

2011年に初年度産駒がデビュー。その中からフランスの持ち込み馬として生まれたDabirsimが産駒初勝利を飾り[5]G3カブール賞を制して産駒重賞初勝利。さらには仏G1モルニ賞も制し、産駒によるG1初勝利を挙げるなど、この年G1競走を2勝し、同年のカルティエ賞最優秀2歳牡馬およびフランスの年度代表馬に選出された。これにより出走頭数わずか1頭で2011年度のフランス2歳リーディングサイアーおよびファーストクロップリーディングサイアーとなった。いずれも日本産馬としては初の快挙である。

この活躍を受け、リファールなど数々の名種牡馬を繋養してきた有力牧場のゲインズウェイファームに売却されて2012年から供用され、前所有者のウォルマックファームは種付け権の最大保有者という形で関与していくことになった[6]

その後も2012年には海外で種牡馬入りした日本調教馬としては初めて、アメリカのグレードレース、後にG1競走を制する産駒を出すなど、産駒はアメリカを中心に活躍した。

日本にも毎年1、2頭の規模で産駒が輸入されていて、2017年2月12日京都競馬第5レース3歳未勝利でゴールドハットが1着となり、日本での産駒初勝利となった。

2017年6月下旬からは、ブラジルのHaras Spring Field(スプリングフィールド牧場)と、Haras Santa Rita Da Serra(サンタ・リタ・ダ・セーラ牧場)で、シャトル種牡馬として繋養されていたが、2020年8月3日の現地報道で種付け後に死亡したと伝えられた[7]

2021年6月26日、King David産駒のBurgasトルコダービーであるガジ賞を勝利した[8]

主な産駒

母の父としての主な産駒

地方重賞優勝馬

血統表

脚注

外部リンク

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