パステル・デ・ナタ
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ポルトガルの首都、リスボンのベレンにあるジェロニモス修道院の修道士たちによって、18世紀以前に発明されたと信じられている[3]。もともとはパステル・デ・ベレンと呼ばれていた[4]。1820年自由主義革命の後、1834年に修道院が閉鎖され、修道士たちは収入を求めてパステル・デ・ナタのレシピを近くの製糖所に売ったが、製糖所の持ち主が1837年にパステイス・デ・ベレンを開業し、その後も子孫がこの店の営業を続けている[5][6]。パステイス・デ・ベレンはジェロニモス修道院の伝統的なレシピを現在も保持していると言われている[7]。テイクアウトと店内での提供両方を行っており、1日に2万個以上のパステル・デ・ナタを販売している[6]。 卵黄をふんだんに使用している[2]。
- パステイス・デ・ベレンの工房風景
- パステイス・デ・ベインで売られているパステル・デ・ベレン
2009年に『ガーディアン』はパステル・デ・ベレンを世界の「最高の食べ物」50選のうちのひとつに選んだ[8]。2011年には一般投票の後、パステル・デ・ナタがポルトガルの食の七不思議のひとつに選ばれ、最も人気のある国民食としての立場がさらに強化された[9]。
2023年の映画『哀れなるものたち』にはリスボンのパステル・デ・ナタが登場している[10]。この映画の主演女優のエマ・ストーンは撮影のためにパステル・デ・ナタを60個食したという[11]。

