マンダレーPDF
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| マンダレーPDF | |
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| ပြည်သူ့ကာကွယ်ရေးတပ်မတော် (မန္တလေး) | |
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| 別名 | MDY-PDF |
| 指導者 | ソー・トゥヤゾー |
| 創設 | 2021年2月 |
| 国 | ミャンマー |
| 忠誠 | 国民統一政府 |
| 活動地域 | |
| 規模 | 3,000人 (2024) |
| 関連勢力 | |
| 敵対勢力 | |
| 戦闘と戦争 | |
| ウェブサイト | https://www.facebook.com/p/Voice-of-Mandalay-PDF-100084602090156/ |
マンダレーPDF(ビルマ語: ပြည်သူ့ကာကွယ်ရေးတပ်မတော် (မန္တလေး)、略称:MDY-PDF) は、ミャンマーのマンダレー地方域で活動する国民防衛隊(PDF)の1つである。歯科医のソー・トゥヤゾーがリーダーで、国民統一政府(NUG)の第1軍管区の管轄下にあるが、自律的に行動しており、自立型PDFに分類される。
泰緬国境地帯のグループと違い、絶えずミャンマー軍(以下、国軍)の空爆とドローン攻撃によって部隊が壊滅する危機に瀕しているので、秘密主義的で、実態が不明な点が多い[2]。
2021年ミャンマークーデター直後の同年2月25日、抗議者、CDMスタッフ、学生のグループが集まり、マンダレー特別任務部隊(Mandalay Special Task Force:MSTF)を結成した[3]。MDY-PDF報道官のオズモンド(仮名)は、「軍事クーデター後、私たちはまず大衆ストライキを組織した。しかし、最大規模のデモでさえも無力であることを目の当たりにし、武装抵抗を決意した」と述べる[2]。
彼らはNUG国防大臣イーモンに連絡を取り、カチン独立軍(KIA)とタアン民族解放軍(TNLA)の下で軍事訓練を受け[4]、その後、マンダレー市内で車上狙撃、即席爆発装置(IED)、暗殺などの都市ゲリラ活動に従事した。彼らが関与した最初の事件は、5月31日、高校の校門前に駐留していた兵士2人を銃撃して、1人を殺害、1人を負傷させた事件で、犯行声明の中で市内の爆発事件5件に関与したことも明らかにした[5]。1週間後には警察官2人を殺害。これはミャンマー警察に対する最初の襲撃だった[6]。
しかし、同年8月、メンバー23人が当局に逮捕されたことにより、残りのメンバーはTNLAの領土に逃亡。そして、そこで本格的な軍事訓練を受け、都市ゲリラ部隊からより組織的かつ戦略的な部隊へ転換することを決定し、組織名もマンダレーPDF(MDY-PDF)に変更した[3][4]。
その後、MDY-PDFは、主にマンダレー地方域とシャン州の州境付近で、TNLAとの共同作戦に従事した[7]。MDY-PDFによるSACへの最初の攻撃は、2022年2月14日、マンダレー・モーゴッ高速道路沿いのグェピン村付近にあるSACの軍事基地に対する攻撃だった。その後、2022年9月に「ワソ作戦」、2023年3月24日にマンダレーで首相の車列を標的とした「ラザ・ナイン作戦」、4月に「タピヤーニョ作戦」に従事。[3]7月にはTNLAと共同でコンバウン朝の王の名前を戴いた「カナウン作戦」を発動し、TNLAの砲兵とMDY-PDFのドローン、さらに、道路脇での待ち伏せ攻撃を組み合わせた攻撃を繰り返し、ピンウールウィン - ナウンチョー回廊を遮断し、防空基地1014を攻撃した[8][9][10]。
2023年10月、三兄弟同盟による1027作戦発動の際には、MDY-PDFは「タウンタマン作戦」という補完的な作戦を発動し、シャン州への増援輸送を試みる国軍の車列を妨害した。作戦中、MDY-PDFはTNLAとの協力の下、2024年1月3日にピンウールウィン近郊のシャン州チャウッメー県ナウンチョー郡区タンボ村にあるSAC軍キャンプを占領した[3][11]。
2024年4月15日には、同じくナウンチョー郡区タイェトコーン村にあるSAC軍キャンプも占領した。同年4月14日、MDY-PDFはミンアウンフラインのピンウールウィン訪問に合わせて、国防士官学校、国防技術アカデミー、SAC事務局を攻撃した。しかし、砲弾が住宅地と整形外科病院に着弾し、僧侶2名人と民間人2人が死亡、子供を含む14名が負傷。双方は砲撃による被害について互いに非難し合った[3]。同年にはほかに、ミサイル大隊606、シングー、防空基地1014、タベインチンのキャンプ500を占領するという戦果を上げ、キャンプ500では大量の兵器を鹵獲した[12][13][14][15]。
しかし、MDY-PDFの兵站は貧弱で、占領地域を維持する能力に欠けており、地上戦の勝利は、国軍の空爆による報復を招き、活動地域では大量の避難民を生み出しているとされる。これはMDY-PDFの避難所や医療サービス提供能力を超えており、対処できなければ、地元住民の支持を失うリスクに直面すると指摘されている[2]。
2025年11月21日、軍事責任者コー・スヨンと財務責任者コー・ナインジーが、軍事物資を横領した容疑で、拘束されたと報じられた[16]。