三兄弟同盟
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 三兄弟同盟 | |
|---|---|
| 活動期間 | 2019年7月–現在 |
| 構成団体 | |
| 活動地域 |
チン州パレッワ郡区 シャン州(北部) ラカイン州 バングラデシュ・ミャンマー国境 中国・ミャンマー国境 |
| 関連勢力 |
関係国 関係勢力 |
| 敵対勢力 |
敵対勢力 |
| 戦闘 | |
三兄弟同盟(さんきょうだいどうめい、英語: Three Brotherhood Alliance; ビルマ語: ညီနောင်မဟာမိတ်သုံးဖွဲ့)あるいは兄弟同盟はアラカン軍、ミャンマー民族民主同盟軍、タアン民族解放軍により2019年6月に結成された同盟である[3]。
この同盟は2021年ミャンマークーデター後の軍事政権への抵抗において、2023年以降重要な役割を果たすようになった。クーデター後はじめは沈黙を保っていたが、 2021年3月には軍事政権の反発を示す声明を出した。ミャンマー内戦においては、この同盟は主にラカイン州とシャン州北部で戦った。2023年10月27日、この同盟はシャン州北部などにおける軍事政権に対する大規模な攻勢、1027作戦を開始した[4]。
日本語名称においては英語の訳し方の違いのため表記ゆれが見られ、alliance を連盟と訳して三兄弟連盟とする表記[5]や、brotherhood を同胞と訳す表記[6]が見られる。
2016年、ラカイン州においてロヒンギャと、ミャンマー軍寄りの仏教徒過激派との緊張が高まり、ミャンマー政府はロヒンギャをミャンマーから追放するジェノサイドを行った。アラカン・ロヒンギャ救世軍による警察への攻撃の後、緊張は過熱した[7]。 2010年代初期にカチン独立軍とともにミャンマー軍と戦っていたアラカン軍は紛争の再開を機にラカイン州での作戦を再開し、2018年には同州で複数回軍に対して攻撃を行った[8]。
タアン民族解放軍は、2021年のクーデター以前はシャン州北部で幾度か小規模な作戦を行っていた[9]。2009年に創設され、他の反政府組織の大半より歴史が浅いにもかかわらず、タアン族から支持を集めた他、カチン独立軍やワ州連合軍からの軍事的支援を受けた。クーデター以前は、タアン民族解放軍はシャン州軍 (南)とシャン州北部の支配をめぐりしばしば衝突した[9]。
ミャンマー民族民主同盟軍はミャンマー北部のコーカン族を代表する武装組織である。クーデター以前はタアン民族解放軍とミャンマー軍の小規模な衝突に加わっていたが、最終的に2019年には軍との停戦を結んだ[10]。
北部同盟は4つの武装組織(現在の三兄弟同盟の構成組織およびカチン独立軍)により和平交渉に参加するために設立された同盟である。2017年4月には、北部同盟は他の3つの組織(ワ州連合軍、シャン州東部民族民主同盟軍、シャン州軍(北))と合同で連邦政治交渉協議委員会(英語: Federal Political Negotiation and Consultative Committee: FPNCC)を設立した[11]。
結成
三兄弟同盟は、アラカン軍により、2019年6月に設立された。当時ラカイン州ではアラカン軍とミャンマー軍が激しく衝突し、シャン州ではミャンマー民族民主同盟軍とタアン民族解放軍が軍に対し攻勢をかけていた[3]。 FPNCCの一員として軍との和平交渉に参加していたカチン独立軍は、この同盟に加わらなかった[12]。 この同盟による初の攻撃はシャン州とマンダレー地方域でなされた[12]。この攻勢は2019年9月上旬に停止し、三兄弟同盟はチャイントンでミャンマー政府と和平交渉を行うという声明を出した[3]。 後の和平交渉は2019年10月8日までの一か月間の停戦につながった[13]。
この停戦はミャンマー民族民主同盟軍のさらなる活動の停止につながったが[10]、2020年の同同盟による停戦の延長にもかかわらずラカイン州ではアラカン軍とミャンマー軍の間で戦闘が続いた[14]。
チャイントン停戦協定は2020年3月まで続いた[15]。それにもかかわらず、ミャンマー軍は同月23日、アラカン軍をテロリスト団体として指定した[16]。 アラカン軍は、ミャンマー軍に対し停戦を遵守するよう求める声明を出した[17]。 停戦への努力は続き、2020年7月には三兄弟同盟はミャンマー政府の和平交渉に参加する意欲を見せた[18]。 ミャンマー軍とアラカン軍は同年11月に停戦に署名し、アラカン軍はラカイン州の多くの地域で支配を固め、行政機関の樹立や公共サービスの提供などを行い事実上の国家として振る舞い始めた[19]。