ルンルンあさ6生情報
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『ズームイン!!朝!』成功を受け、さらに1時間早い生放送の情報番組として放送開始[1][注釈 1]。番組終了まで『ズームイン-』同様、マイスタジオからの生放送だった。
通勤、通学前の会社員や学生、主婦らを主な対象視聴者とし、女子アナウンサー単独による総合司会もこの当時としては珍しかった[2]。
系列局によっては6:14(山梨放送・北日本放送・西日本放送・高知放送)や6:25(静岡第一テレビ・読売テレビ・日本海テレビ・山口放送)から放送するところもあった。また、番組タイトルについても、飛び乗り時間に合わせたコーナータイトルを番組名としてネット受けする局(後述)や、正式なタイトルから「6」を抜いたものを番組名としていた局もあった。
昭和天皇の病状悪化が報じられていた時期には、タイトルの「ルンルン」が相応しくない事から外され、暫定的に『あさ6生情報』(あさろくなまじょうほう)と改題して放送された。この措置は改元後もしばらく続いた[3]。
歴代司会者
司会者組み合わせ
| 期間 | 司会 | ||
|---|---|---|---|
| 1983.5.9 | 1984.3.30 | 井田由美 | |
| 1984.4.2 | 1986.9.26 | 井田由美 | 木村優子 |
| 1986.9.29 | 1988.9.30 | 鷹西美佳 | |
| 1988.10.3 | 1991.3.29 | 鈴木君枝 | |
| 1991.4.1 | 1992.3.27 | 豊田順子 | |
番組構成
番組初期
放送第1回(1983年5月9日)のゲストとして、当時「おもしろまじめ」キャンペーンを展開していた小林完吾と徳光和夫の二人が出演した[4]。
第1回(1983年5月9日)は以下のコーナーで放送された[2]。
- こぶ平の朝一番築地情報 - 築地市場から中継で、その日の生鮮品の状況(値段や品物の状況など)をリポート
- 一番早いニュース - 前夜から当日朝にかけての最新ニュース(在京民放では最も早い時間のニュース枠でもあった)
- お楽しみテレビ - 当日夜の日本テレビの番組紹介が中心
- アイドルフォトコンテスト
- 圓丈のタウン情報(初代三遊亭圓丈)- 東京近郊の特定の場所を取り上げ、その場所ならではのものを紹介する
- より子の今日のお天気どうかな?(和田より子)- 関東の気象情報
- 首都圏交通情報
ニュースコーナー担当兼コメンテーターは久能靖が務め、築地情報では、林家こぶ平(現・九代目林家正蔵)が生リポート。
この他、当番組開始当初は「通勤情報」(リポーター:初代三遊亭圓丈)、「由美かおるのダイナ・フロービクス」(健康体操コーナー)、「前夜の出来事」などのコーナーも存在した[2][4]。
番組中期~後期
これは昭和63年(1988年)頃の大まかな流れである。
- 6:00 番組開始、オープニング
- 6:02 ニュース、交通情報
- 6:10頃 曜日企画(築地情報など)
- 6:25 レーダー625 - この時間から『ルンルンあさ6生情報』として飛び乗りネットする局や、コーナータイトルの「レーダー625」としてネットする局も存在した。
- 6:35頃 まとめのコーナー(天気、交通情報など)
- 6:42 エンディング〜番組終了
番組は当初から関東ローカルであったが、系列地方局からのネット希望が増えてくるにつれ、関東ローカルの番組内容が足枷となる場面が見受けられた。このため1986年4月から系列局がネット受けできるような内容を番組中盤に挟むことになった。
それが「レーダー625」であるが、前日から当日朝にかけてのニュースをまとめて伝えながら、コメンテーターの簡単な解説も挟む内容であった(前日のニュースについては、前夜放送の『NNNきょうの出来事』の同録素材なども使用した)。このコーナーはネット局の編成に合わせて開始時間と終了時間が決められており、一部ネット局では6:25からおよそ15分間のみをネットし、その後『NNN朝のニュース』が始まる6:45までの5分間を前夜の「スポーツニュース」の再放送としていた。
1988年4月以降には6:25から番組エンディング(6:41)までそのままネットする局も増えてきたため、関東ローカルの内容は前半(6:14までの時間帯)に放送されるようになる[注釈 2]。
こうした系列ネット局からの番組ネット希望の多さと、それに応えられるような「全国ネット向けの番組内容」への変更が求められ、1992年の春改編をもって番組内容を全国ネット向けに刷新、後続の『NNN朝のニュース』を統合する形で『ジパングあさ6』へと改まる事となった(全国ニュース枠は『NNNニュースジパング』となった)。